小鷹研究室の各位●各論●身体論(カクイカクロンシンタイロン)
小鷹研究室
http://lab.kenrikodaka.com
名古屋市立大学芸術工学研究科/芸術工学部情報環境デザイン学科
     
身体を残したまま身体の外に出る
(00)
  • Recursive Function Space
  • I am a volleyball tossed by my hands
弾力のある身体
(01)
  • Stretchar(m)
  • 自己接触錯覚に基づく指の伸縮感覚の誘発
  • Underground Diver
平面に住まう身体
(02)
  • 影に引き寄せられる手
  • Rubber Hand Pointer
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00 身体を残したまま身体の外に出る
00 身体を残したまま身体の外に出る
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●「わたし」は世界有数のFWとして、相手陣内にぽっかりと空いた裏のスペースに猛然と駆け出している。自軍の、同じく世界有数のMFが適切なタイミングで適切な軌道のボールを預けてくれることを確信しながら。このとき、世界有数のFWであるところの「わたし」は、そのMFの位置から「わたし」がどのような視界で捉えられているか、そして、フィールド内では死角となっているそのスペースが、そこへと一直線に向かっている「わたし」を陽に含みながら、テレビカメラの画角の中で明け透けに捉えられている様(さま)を、その<具体的なビジュアル>を、正確性を欠きながらも "深く" イメージすることができる。
● この仮想的な視点に位置しているものは、(「わたし」が世界有数の誰某であるにせよないにせよ)前景化している「わたし」の斜め後ろの方で、しかし決して振り落とされることなく並走している、もう一人の重要な「わたし」のことであり、そうした複数の「わたし」の総体的な効果として、「いま・ここ・じぶん」のリアリティーは成立している、と、このように考えることはできないだろうか。この<斜め後ろにいる自分>を意識空間に引っ張り出してくること、そして、そのようなもう一人の自分との緩やかな対面を通じて、<わたし>がより奥行きのある<わたし>へと再編成されていくこと。小鷹研究室は、HMD技術の<仕様外使用>によって、こうした「新しい人間像」を探り当てることに強い関心を持っている。そして、これは実に魅惑的なプロジェクトである。
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● 以上の問題を考えるにあたって、HMDにおける身体の運用の様々な水準(sense of self / sense of agency / body ownership)に関わる問題と、 幽体離脱(out of body experience)の科学的な取り扱いを理解しておくことは極めて重要である. 関心のある方は, 拙文ではあるが, 以下の文献を参考にされたい.
  • 小鷹研理:「HMD空間における三人称定位: 幽体離脱とOwn Body Transformationからのアプローチ」, 日本認知科学会第34回大会, 金沢大学, 2017.9(Organized Session:プロジェクション・サイエンスの基盤と展開 [PDF]
  • 小鷹研理:「HMD空間における三人称定位: 幽体離脱とOwn Body Transformationからのアプローチ」, 日本認知科学会第34回大会, 金沢大学, 2017.9(Organized Session:プロジェクション・サイエンスの基盤と展開 [PDF]
0001 □ Recursive Function Space (2017) |小鷹・森
  • Kenri Kodaka, Koyo Mori: “Recursive Function Space: Exploring Meta-cognitive Scenery using HMD” ACM Siggraph Asia 2017, VR Showcase, Bangkok, 2017.11
  • 小鷹研理・森光洋:「Recursive Function Space: 左手を節、右手を葉とする再帰的視点変換によるメタ認知空間の探索」, 情報処理学会シンポジウム・エンタテインメントコンピューティング2017, 東北大学, 2017.9.16 [PDF]
  • 研究室展示『からだは戦場だよ2017 とりかえしのつかないあそび』, やながせ倉庫・ビッカフェ, 2017.1.29-30

◯ てはじめに。任意の変数●を含む定文「自分●を起点にしてイメージされる自分●と、他者を起点にしてイメージされる自分●の総体的な効果として、<自分の手触り>が立ち上がる。」について。その内部構造について。
◯ 上記のセンテンスにおける「自分●を起点にして」において起点とされていた自分●は、しかし、そもそも、どこかのタイミングで、あるいは、誰かしらの(「自分」という集合住宅に住まう)住人によって、その時・その位相において措定されている自分●を起点にしてイメージされた自分●ではないか。だから、自分というのは、どこまで遡っていっても自己イメージに過ぎないし、他者というのは、「それを起点にしてイメージされる自分●」からの逆演算によって見出される「イメージのイメージ」に過ぎない。そのうえで、「イメージ」と「イメージとイメージ」の間に何か特別な差異を見出そうとするのは馬鹿げているし、「イメージ」という言葉に、<まがいもの>に類するネガティブな価値を投影するのはもっと馬鹿げている。イメージの世界の豊潤さは、「自分」の不可解さと同じだけの奥行きを持ち、その全貌を捉えようとイキる者は、例外なく、その Recursive なイメージの中に取り込まれていく。
Recursive Function Space (RFS) is a virtual reality based interactive contents that prominently explores and activates a meta-cognitive function in our human cognition system. RFS consists of four (RFS 1.0) or six (RFS 2.0) clones of the player (HMD wearer), characterized in a distinctive perspective transition among these clones that gives an out-of-body-like experience of seeing oneself, how one looks at oneself, and how one is looked by oneself. This is done with the HMD technology (VIVE), where pulling a lever of the left/right controller enables the player to take the perspective of the left/right hand of HMD wearer. The player can also take the perspective from the right hand of “left hand clone” or that from the “meta-clone” owning the HMD wearer at its left hand clone. Such a recursive exploration of the multiple perspectives is systematically associated with Homunculus’ infinite regress discussed in the context of “hard problem of consciousness”. Thus, RFS embodies a classically universal question concerning the origin of the subject with an up-to-date HMD technology.

  • 2017.05 「雑誌・早稲田文学の古谷利裕氏による論考に「Recursive Function space」を取り上げてもらっています」 研究室ブログ
  • 2017.04 「展示の記録と周辺」(「からだは戦場だよ2017」の記録) 研究室ブログ
  • Kenri Kodaka, Koyo Mori: “Recursive Function Space: Exploring Meta-cognitive Scenery using HMD” ACM Siggraph Asia 2017, VR Showcase, Bangkok, 2017.11
  • 小鷹研理・森光洋:「Recursive Function Space: 左手を節、右手を葉とする再帰的視点変換によるメタ認知空間の探索」, 情報処理学会シンポジウム・エンタテインメントコンピューティング2017, 東北大学, 2017.9.16 [PDF]
  • 研究室展示『からだは戦場だよ2017 とりかえしのつかないあそび』, やながせ倉庫・ビッカフェ, 2017.1.29-30


◯ てはじめに。任意の変数を含む定文「自分●を起点にしてイメージされる自分●と、他者を起点にしてイメージされる自分●の総体的な効果として、<自分の手触り>が立ち上がる。」について。その内部構造について。
◯ 上記のセンテンスにおける「自分●を起点にして」において起点とされていた自分●は、しかし、そもそも、どこかのタイミングで、あるいは、誰かしらの(「自分」という集合住宅に住まう)住人によって、その時・その位相において措定されている自分●を起点にしてイメージされた自分●ではないか。だから、自分というのは、どこまで遡っていっても自己イメージに過ぎないし、他者というのは、「それを起点にしてイメージされる自分●」からの逆演算によって見出される「イメージのイメージ」に過ぎない。そのうえで、「イメージ」と「イメージとイメージ」の間に何か特別な差異を見出そうとするのは馬鹿げているし、「イメージ」という言葉に、<まがいもの>に類するネガティブな価値を投影するのはもっと馬鹿げている。イメージの世界の豊潤さは、「自分」の不可解さと同じだけの奥行きを持ち、その全貌を捉えようとイキる者は、例外なく、その Recursive なイメージの中に取り込まれていく。


Recursive Function Space (RFS) is a virtual reality based interactive contents that prominently explores and activates a meta-cognitive function in our human cognition system. RFS consists of four (RFS 1.0) or six (RFS 2.0) clones of the player (HMD wearer), characterized in a distinctive perspective transition among these clones that gives an out-of-body-like experience of seeing oneself, how one looks at oneself, and how one is looked by oneself. This is done with the HMD technology (VIVE), where pulling a lever of the left/right controller enables the player to take the perspective of the left/right hand of HMD wearer. The player can also take the perspective from the right hand of “left hand clone” or that from the “meta-clone” owning the HMD wearer at its left hand clone. Such a recursive exploration of the multiple perspectives is systematically associated with Homunculus’ infinite regress discussed in the context of “hard problem of consciousness”. Thus, RFS embodies a classically universal question concerning the origin of the subject with an up-to-date HMD technology.


0000 □ I am a volleyball tossed by my hands (2016) |信田・小鷹
  • 小鷹研理・信田勇貴:「I am a volleyball tossed by my hands: 二人称視点を採用した幽体離脱の誘発」, 第20回情報処理学会シンポジウム・インタラクション2016, 科学技術館, 2016.3 [PDF]
  • 研究室展示『からだは戦場だよ2016 バードウォッチャー・ウォッチング』, やながせ倉庫・ビッカフェ, 2016.1.28-29


◯ 「HMD空間の中で自分の身体そのものをつかまえることができない」ことに物足りなさを感じてしまうのは(ほとんどのひとはそんなことはどうでもよいと考えているようなのだが)、逆から言えば、その部分にさえ目をつむれば、大方のリアリティーが再構成できてしまっているHMD技術の革新性に(結局は)由来しているのかもしれない。確かに、HMD空間の中にあって、僕たちは生々しい身体を失うことで、大きな自由を手に入れた。しかし、この自由は、(旧来からの)テレビゲームでマリオをプレイしているときに語られる水準の身体投射(sense of agency)の延長に位置するものであり、HMDという高度な玩具を手に入れながら、依然として、同じ水準で身体を運用していこうというのであれば、それはHMDの潜在的な革新性をあまりに見くびっていることになる。
◯ 「I am a volleyball tossed by my hands」では、一人称視点「(アバターが)バレーボールをトスする」から三人称視点「(バレーボールが)アバターにトスされる」への切替に伴う残渣として、(事後的にであれ)アバターに対して「自分のいるべき特異的な場所」としての定位感が投影されるのではないかと考えた。このインタラクションを設計しているときに、三人称視点の視線の先は、常に「自分のあるべき場所」に収束されないといけない、という強い確信を得た。これは幽体離脱の体験者の多くが、特に強く意図しているわけでもなく、(気づけば)自分の身体に対して視線が投げかけられていることに対応している。つまり、自らの"生々しい身体"と遭遇するためには、二人称的な対面の流儀が要求されるであろう、ということ。
◯ CGに確かな技術を持っていた信田勇貴(ゲーム会社へ就職した)の手堅い卒業研究であるとともに、小鷹研によるHMDを使った最初のプロジェクトでもある。

  • 2016.02 「展示風景|バードウォッチャー・ウォッチング(からだは戦場だよ 2016)」研究室ブログ
  • 小鷹研理・信田勇貴:「I am a volleyball tossed by my hands: 二人称視点を採用した幽体離脱の誘発」, 第20回情報処理学会シンポジウム・インタラクション2016, 科学技術館, 2016.3 [PDF]
  • 研究室展示『からだは戦場だよ2016 バードウォッチャー・ウォッチング』, やながせ倉庫・ビッカフェ, 2016.1.28-29


◯ 「HMD空間の中で自分の身体そのものをつかまえることができない」ことに物足りなさを感じてしまうのは(ほとんどのひとはそんなことはどうでもよいと考えているようなのだが)、逆から言えば、その部分にさえ目をつむれば、大方のリアリティーが再構成できてしまっているHMD技術の革新性に(結局は)由来しているのかもしれない。確かに、HMD空間の中にあって、僕たちは生々しい身体を失うことで、大きな自由を手に入れた。しかし、この自由は、(旧来からの)テレビゲームでマリオをプレイしているときに語られる水準の身体投射(sense of agency)の延長に位置するものであり、HMDという高度な玩具を手に入れながら、依然として、同じ水準で身体を運用していこうというのであれば、それはHMDの潜在的な革新性をあまりに見くびっていることになる。
◯ 「I am a volleyball tossed by my hands」では、一人称視点「(アバターが)バレーボールをトスする」から三人称視点「(バレーボールが)アバターにトスされる」への切替に伴う残渣として、(事後的にであれ)アバターに対して「自分のいるべき特異的な場所」としての定位感が投影されるのではないかと考えた。このインタラクションを設計しているときに、三人称視点の視線の先は、常に「自分のあるべき場所」に収束されないといけない、という強い確信を得た。これは幽体離脱の体験者の多くが、特に強く意図しているわけでもなく、(気づけば)自分の身体に対して視線が投げかけられていることに対応している。つまり、自らの"生々しい身体"と遭遇するためには、二人称的な対面の流儀が要求されるであろう、ということ。
◯ CGに確かな技術を持っていた信田勇貴(ゲーム会社へ就職した)の手堅い卒業研究であるとともに、小鷹研によるHMDを使った最初のプロジェクトでもある。


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01 弾力のある身体
01 弾力のある身体
×××××××××××××××××××××××××××× ×××××××××××××××××××××××××××× ● 目をつぶって、自分の腕が "実際に" 伸びていく様子を想像してみる。意外と簡単にできる。 「想像だったらタダでもできる」というのは嘘だ。「想像のコスト」なるものは確かに存在していて、 例えば、僕たちは、右目と左目が入れ替わるという事態を容易に想像することができない。 僕たちは、どこかで、「腕が伸びるとはどういうことなのか」を知っており、 だから、「伸びる腕を想像する」という作業において発生している事態というのは、 「すでにあるイメージ」を、単に陽の当たるところに持ち出してきているということにすぎない。
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● 僕たちの「からだ」は一つの自然環境である、とまずはこう考えてみる。 「からだの風景」を変えようとするのであれば、 (例えば)古来より地下に水脈を張っている温泉を掘り当てることで、 土地の固有性を生かしたままに風景を一変させてしまうことができるように、 「からだの潜在的な要求」に沿ったかたちで、その作業はすすめられるべきだ。 (幸運なことには)「弾力のある身体」の水脈は、認知ネットワークのそれほど深くないところに息づいており、 慎重に慎重を重ねつつ、その水脈を意識のネットワークの中に浸していこうと思う。 欲張り過ぎて腱を切ってしまうことがないように。今回ばかりは、自然環境破壊と同じ轍を踏むべきではない。
0102 □ Stretchar(m) (2017) |森・小鷹・石原
  • UNITY賞(情報処理学会シンポジウム・エンタテインメントコンピューティング2017)
  • Kenri Kodaka, Koyo Mori: “Stretchar(m) Makes Your Arms Elastic” ACM Siggraph Asia 2017, VR Showcase, Bangkok, 2017.11
  • 石原由貴・森光洋・室田ゆう・小鷹研理:「HMDを介したポールを引っ張り合うことによる腕が伸縮する感覚の誘発」, 情報処理学会シンポジウム・エンタテインメントコンピューティング2017, 東北大学, 2017.9.16(プレミアム枠)[PDF]
  • 研究室展示『からだは戦場だよ2017 とりかえしのつかないあそび』, やながせ倉庫・ビッカフェ, 2017.1.29-30

◯ 「ポールを引っ張り合う」という相互的なインタラクションに伴って変化する筋肉の負荷を、HMD仮想空間の中で「一人称視点」で表示される腕の長さと連動させることで、自分の腕が伸びたり縮んだりするような感覚を得ることのできる体験装置。「腕が引っ張られている強さ」を、生理学的なアプローチで直接に計測するのではなく、体重計から読み取られる自重の変化から<間接的に>推測している点がポイント。体験者は、HMD以外は何も装着していない。「筋肉の負荷を計測されている」という意識は、当事者において全く発生しない。
◯ (映像を見ていただければわかるが)実際のインタラクションに即して言うと「ポールを引っ張り合う」という表現は、少し不正確なところがある。体験者の側は、ポールを持ち、かかとを支点に、重心を後ろにぐ〜っと傾けていくことで、同じく対面でポールを保持している相手に(下から)体重を支えてもらうかたちをとる。「相手がポールを確実に支え続けてくれること」を信頼し、自らは、ただただ重力に身体を浸していく。「引っ張る - 引っ張られる」というよりも、<引っ張り>という名の運動の中に身体を丸ごと投げ出す。そのような能動とも受動ともつかない運動の局面において、「腕が伸びる」という非現実的な身体感覚は、しかし「からだの風景」の中によくなじんでくる。
◯ 「Stretchar(m)」は、森光洋の修論の一部として収録されたものであり、2017年の1月の研究室展示「からだは戦場だよ 2017」において、はじめて披露された。その後、基本的な構造を一切変えることなく、9月の学会・EC2017に出展し(筆頭著者は石原由貴)、UNITY賞を受賞した。この際、「Stretchar(m)」を体験された参加者の方にアンケートの記入をお願いしたところ(-3から+3までの7段階評価), 「腕の伸びた感覚」に関しては37人中35人が、「腕の弾力性の感覚」に関しては37人中33人がポジティブな評価(+1 or more)を回答した。
Stretchar(m) gives a unique experience of having elastic arms that can be gradually extended or retracted where the virtual arms are visually stretched from the first person perspective in the head-mounted display (HMD) space. This is done through a physical action of pulling a pole and leaning slightly backward when standing and being assisted by a playmate who pulls the pole in the opposite direction. Specifically, the (virtual arms’) stretch ratio is internally associated with a gain in the weight of the HMD wearer, measured with the Wii Balance Board placed under the foot of the wearer. In such a stress-free sensor environment, the more deeply the wearer leans backward (that enhances the arm-muscle load), the more weight is applied to the ground, resulting in an increase in the wearer’s weight and the stretch ratio. Thus, the sense of arms being pulled is transformed into a sense of having stretched arms. Because such a vision–proprioception correlation is designed on the basis of the well-known principle of rubber-hand illusion, Stretchar(m) can yield a strong sense of body ownership toward the elastic arm.

  • 2017.11 記事:「名古屋市立大学、「腕が伸びる感覚」をVR体感できるシステムを論文にて発表。対面者と⼀対⼀でポールを引っ張り合う過程で表現」 (Seamless
  • 2017.09 ブログ:「「EC2017(2017.9.16-18)への参加(UNITY賞もらいました)」 研究室ブログ
  • 2017.04 ブログ:「展示の記録と周辺」(「からだは戦場だよ2017」の記録) 研究室ブログ
  • UNITY賞(情報処理学会シンポジウム・エンタテインメントコンピューティング2017)
  • Kenri Kodaka, Koyo Mori: “Stretchar(m) Makes Your Arms Elastic” ACM Siggraph Asia 2017, VR Showcase, Bangkok, 2017.11
  • 石原由貴・森光洋・室田ゆう・小鷹研理:「HMDを介したポールを引っ張り合うことによる腕が伸縮する感覚の誘発」, 情報処理学会シンポジウム・エンタテインメントコンピューティング2017, 東北大学, 2017.9.16(プレミアム枠)[PDF]
  • 研究室展示『からだは戦場だよ2017 とりかえしのつかないあそび』, やながせ倉庫・ビッカフェ, 2017.1.29-30


◯ 「ポールを引っ張り合う」という相互的なインタラクションに伴って変化する筋肉の負荷を、HMD仮想空間の中で「一人称視点」で表示される腕の長さと連動させることで、自分の腕が伸びたり縮んだりするような感覚を得ることのできる体験装置。「腕が引っ張られている強さ」を、生理学的なアプローチで直接に計測するのではなく、体重計から読み取られる自重の変化から<間接的に>推測している点がポイント。体験者は、HMD以外は何も装着していない。「筋肉の負荷を計測されている」という意識は、当事者において全く発生しない。
◯ (映像を見ていただければわかるが)実際のインタラクションに即して言うと「ポールを引っ張り合う」という表現は、少し不正確なところがある。体験者の側は、ポールを持ち、かかとを支点に、重心を後ろにぐ〜っと傾けていくことで、同じく対面でポールを保持している相手に(下から)体重を支えてもらうかたちをとる。「相手がポールを確実に支え続けてくれること」を信頼し、自らは、ただただ重力に身体を浸していく。「引っ張る - 引っ張られる」というよりも、<引っ張り>という名の運動の中に身体を丸ごと投げ出す。そのような能動とも受動ともつかない運動の局面において、「腕が伸びる」という非現実的な身体感覚は、しかし「からだの風景」の中によくなじんでくる。
◯ 「Stretchar(m)」は、森光洋の修論の一部として収録されたものであり、2017年の1月の研究室展示「からだは戦場だよ 2017」において、はじめて披露された。その後、基本的な構造を一切変えることなく、9月の学会・EC2017に出展し(筆頭著者は石原由貴)、UNITY賞を受賞した。この際、「Stretchar(m)」を体験された参加者の方にアンケートの記入をお願いしたところ(-3から+3までの7段階評価), 「腕の伸びた感覚」に関しては37人中35人が、「腕の弾力性の感覚」に関しては37人中33人がポジティブな評価(+1 or more)を回答した。


Stretchar(m) gives a unique experience of having elastic arms that can be gradually extended or retracted where the virtual arms are visually stretched from the first person perspective in the head-mounted display (HMD) space. This is done through a physical action of pulling a pole and leaning slightly backward when standing and being assisted by a playmate who pulls the pole in the opposite direction. Specifically, the (virtual arms’) stretch ratio is internally associated with a gain in the weight of the HMD wearer, measured with the Wii Balance Board placed under the foot of the wearer. In such a stress-free sensor environment, the more deeply the wearer leans backward (that enhances the arm-muscle load), the more weight is applied to the ground, resulting in an increase in the wearer’s weight and the stretch ratio. Thus, the sense of arms being pulled is transformed into a sense of having stretched arms. Because such a vision–proprioception correlation is designed on the basis of the well-known principle of rubber-hand illusion, Stretchar(m) can yield a strong sense of body ownership toward the elastic arm.


  • 2017.11 記事:「名古屋市立大学、「腕が伸びる感覚」をVR体感できるシステムを論文にて発表。対面者と⼀対⼀でポールを引っ張り合う過程で表現」 (Seamless
  • 2017.09 ブログ:「「EC2017(2017.9.16-18)への参加(UNITY賞もらいました)」 研究室ブログ
  • 2017.04 ブログ:「展示の記録と周辺」(「からだは戦場だよ2017」の記録) 研究室ブログ
0101 □ 自己接触錯覚に基づく指の伸縮感覚の誘発 (2017) |森・小鷹
  • 森光洋・小鷹研理:「「押す-押される」の非対称性が身体伸縮感覚の誘発に与える影響」, 日本認知心理学会第14回大会, 広島大学, 2016.6 [PDF]
  • 森光洋・小鷹研理:「自己接触錯覚の原理を用いた指が伸縮する感覚を誘発する装置の誘発(第二報)」, 第20回情報処理学会シンポジウム・インタラクション2016, 科学技術館, 2016.3(プレミアム枠) [PDF]
  • Koyo Mori, Kenri Kodaka: “Inducing sense of finger extension or retraction based on self-touch illusion and proprioception-vision correlation”, Neuroscience 2015, Poster, Chicago, 2015.11
  • 森光洋・石原由貴・小鷹研理:「自己接触錯覚をもとにした身体伸縮感覚の誘発における各モダリティーの効果」, 第13回日本認知心理学会大会, 東京大学, 2015.6 [PDF]
  • 小鷹研理・石原由貴・森光洋 :「自己接触錯覚の原理を用いた指が伸縮する感覚を誘起する装置の考案」, 第19回一般社団法人情報処理学会シンポジウム・インタラクション2015, 東京国際交流館, 2015.3 [PDF]


During the last two decades, body ownership illusion (BOI) has been widely accepted as a principle of distorting body ownership, with mutual correlation among multiple sensations. However, not much is known about how BOI works without explicit visual correlation. This study explores a new approach for inducing the feeling of a finger being elastically extended or retracted gradually, based on self-touch illusion with simultaneous vibration (SV) to tips of both index fingers. In addition, the distance between the tips of index fingers changes, optionally correlated with a movie visually representing the finger’s unrealistic transformation.
With a sample of 16 university students randomly allocated to two groups and a uniquely designed experimental apparatus, a post-experiment questionnaire showed that the method successfully yielded an illusory elasticity of the finger even without visual involvement, but more effectively with the correlated movie, whose contents strongly affected the illusory elastic pattern (left or right, extension or retraction) in a top-down fashion. In addition, proprioceptive drift measurement found that the correlated movie significantly affected the finger’s illusory length, while that transformation ratio significantly correlated with illusory self-touch in a specific condition. Thus, the study defined a new category of sensation as “illusory elasticity,” and one original contribution was examining the relationship between SV and illusory elasticity. Another indicated that visual contribution to illusory self-touch was not straightforward and differed from SV in having a distinct positive effect.

  • 森光洋・小鷹研理:「「押す-押される」の非対称性が身体伸縮感覚の誘発に与える影響」, 日本認知心理学会第14回大会, 広島大学, 2016.6 [PDF]
  • 森光洋・小鷹研理:「自己接触錯覚の原理を用いた指が伸縮する感覚を誘発する装置の誘発(第二報)」, 第20回情報処理学会シンポジウム・インタラクション2016, 科学技術館, 2016.3(プレミアム枠) [PDF]
  • Koyo Mori, Kenri Kodaka: “Inducing sense of finger extension or retraction based on self-touch illusion and proprioception-vision correlation”, Neuroscience 2015, Poster, Chicago, 2015.11
  • 森光洋・石原由貴・小鷹研理:「自己接触錯覚をもとにした身体伸縮感覚の誘発における各モダリティーの効果」, 第13回日本認知心理学会大会, 東京大学, 2015.6 [PDF]
  • 小鷹研理・石原由貴・森光洋 :「自己接触錯覚の原理を用いた指が伸縮する感覚を誘起する装置の考案」, 第19回一般社団法人情報処理学会シンポジウム・インタラクション2015, 東京国際交流館, 2015.3 [PDF]


During the last two decades, body ownership illusion (BOI) has been widely accepted as a principle of distorting body ownership, with mutual correlation among multiple sensations. However, not much is known about how BOI works without explicit visual correlation. This study explores a new approach for inducing the feeling of a finger being elastically extended or retracted gradually, based on self-touch illusion with simultaneous vibration (SV) to tips of both index fingers. In addition, the distance between the tips of index fingers changes, optionally correlated with a movie visually representing the finger’s unrealistic transformation.
With a sample of 16 university students randomly allocated to two groups and a uniquely designed experimental apparatus, a post-experiment questionnaire showed that the method successfully yielded an illusory elasticity of the finger even without visual involvement, but more effectively with the correlated movie, whose contents strongly affected the illusory elastic pattern (left or right, extension or retraction) in a top-down fashion. In addition, proprioceptive drift measurement found that the correlated movie significantly affected the finger’s illusory length, while that transformation ratio significantly correlated with illusory self-touch in a specific condition. Thus, the study defined a new category of sensation as “illusory elasticity,” and one original contribution was examining the relationship between SV and illusory elasticity. Another indicated that visual contribution to illusory self-touch was not straightforward and differed from SV in having a distinct positive effect.

0100 □ Underground Diver (2016) |曽我部・森・小鷹
  • 曽我部愛子・森光洋・小鷹研理:「ぶら下がりによる自重変化を利用した腕が伸縮する感覚の誘発」, 第20回情報処理学会シンポジウム・インタラクション2016, 科学技術館, 2016.3 (一般投票5位) [PDF]
  • 研究室展示『からだは戦場だよ2016 バードウォッチャー・ウォッチング』, やながせ倉庫・ビッカフェ, 2016.1.28-29



◯ 2015年度に卒業した曽我部愛子との仕事(曽我部愛子はこの卒業研究で学科賞を受賞した)。「ぶらさがる」という物理的行為をイメージの水準における「腕が伸びる」に接続しようとする試み。これは、「弾力のある身体」シリーズの第一作目でもある。
◯ 「Underground Diver」の空間では、<ぶら下がり健康器具>に深くぶらさがればぶらさがるほどに、腕が長く伸びていく。このとき、ぶら下がりの「深さ」は、体重計の目盛りを読み取ることで間接的に計測される(完全にぶら下がり切った時に、体重計のメモリはゼロを指す)。 以上の、自重変化と身体の変形度を連関させる手法は、(実績的な意味では) 次年度に発表される「Stretchar(m)」において大きく花が開くことになる。いずれにせよ、「Stretchar(m)」の設計において必要とされた基本的な材料は、全てここで揃えられた。 そのうえで、「Underground Diver」の特異性を一つ挙げるとすれば、 それは運動という営みに本質的に随伴される(ある種の)<気持ち良さ>にあるのかもしれない。 ここには、持続的な運動によって筋肉の組成を変えていこうとする営みが、 文字通り物理的な限界をはみ出していこうとする、そのような「からだの喜び」が満ちている。

  • 2016.02 「展示風景|バードウォッチャー・ウォッチング(からだは戦場だよ 2016)」研究室ブログ
  • 曽我部愛子・森光洋・小鷹研理:「ぶら下がりによる自重変化を利用した腕が伸縮する感覚の誘発」, 第20回情報処理学会シンポジウム・インタラクション2016, 科学技術館, 2016.3 (一般投票5位) [PDF]
  • 研究室展示『からだは戦場だよ2016 バードウォッチャー・ウォッチング』, やながせ倉庫・ビッカフェ, 2016.1.28-29


◯ 2015年度に卒業した曽我部愛子との仕事(曽我部愛子はこの卒業研究で学科賞を受賞した)。「ぶらさがる」という物理的行為をイメージの水準における「腕が伸びる」に接続しようとする試み。これは、「弾力のある身体」シリーズの第一作目でもある。
◯ 「Underground Diver」の空間では、<ぶら下がり健康器具>に深くぶらさがればぶらさがるほどに、腕が長く伸びていく。このとき、ぶら下がりの「深さ」は、体重計の目盛りを読み取ることで間接的に計測される(完全にぶら下がり切った時に、体重計のメモリはゼロを指す)。 以上の、自重変化と身体の変形度を連関させる手法は、(実績的な意味では) 次年度に発表される「Stretchar(m)」において大きく花が開くことになる。いずれにせよ、「Stretchar(m)」の設計において必要とされた基本的な材料は、全てここで揃えられた。 そのうえで、「Underground Diver」の特異性を一つ挙げるとすれば、 それは運動という営みに本質的に随伴される(ある種の)<気持ち良さ>にあるのかもしれない。 ここには、持続的な運動によって筋肉の組成を変えていこうとする営みが、 文字通り物理的な限界をはみ出していこうとする、そのような「からだの喜び」が満ちている。

02 平面に住まう身体
02 平面に住まう身体
0201 □ 影に引き寄せられる手 (2014-17) |金澤・小鷹
  • Kenri Kodaka, Ayaka Kanazawa: “Innocent Body-Shadow Mimics Physical Body” i-Perception, 8(3), 2017.5, [OPEN-ACCESS]
  • 金澤綾香・小鷹研理:「影による身体所有感の変調におけるモダリティーの効果」, 日本認知心理学会第14回大会, 広島大学, 2016.6(発表キャンセル) [PDF]
  • 金澤綾香・小鷹研理:「垂直型投影環境における影と物体のインタラクション」, 第20回情報処理学会シンポジウム・インタラクション2016, 科学技術館, 2016.3 [PDF]
  • Ayaka Kanazawa, Kenri Kodaka: “Anatomical similarity is mandatory to provide body ownership toward body-shadow“, Neuroscience 2015, Poster, Chicago, 2015.11
  • 金澤綾香・小鷹研理:「影に引き寄せられる手」, 第13回日本認知心理学会大会, 東京大学, 2015.6 [PDF]

◯ 手の位置感覚が、「手の影」(が位置する物理的な高さ)に引き寄せられることを示した一連の認知心理学的研究。具体的な実験内容は英語の原文(オープンアクセス)あるいはプレスリリースを、また背景にある身体所有感の考え方については、学術系の研究発掘メディアである「academist journal」に寄稿したコラムに丁寧に記されているので、参考にされたい。ここでは、しかし、そのような研究の内側の喧騒から離れ、(研究の内側を内側たらしめる)研究の輪郭に目を向けてみたい。それは、例えば、『いったい、どうして、こんなにもありふれた素材を使った、そして(いかにも)ありふれているように思える現象が、よりによって、2017年の今になって、はじめて "発見" されることになったのか。』のようなかたちで発せられる問いのことである。
◯ 「影に引き寄せられる手」は、(写真からわかるように)底面に設置された光源が手を照射し、その影が手を上から覆い隠すスクリーンに投影されることによってはじめて生じる。おなじみの(太陽の光がアスファルト面にはき出す)足元から長く伸びた身体の黒い影は、そのような心理的な誘引力を持たない 。 だから、「影に引き寄せられる手」は、ありふれた自然現象を、極めてありふれていないかたちで使用することによって、初めて見出されることになった。 それでは、なぜ、小鷹研究室は、そのような世界が反転しているような "まわりくどい" 光源空間を、わざわざこしらえることになったのか。
◯ この「光源反転空間」は、金澤綾香の卒業研究において「影が自分の身体そのものと錯覚される」ために必要な光源環境を考えるなかで、半ば必然的に導き出されていった。「物理的な手をマスクする」という操作は、その物理的な手とは異なる手のイメージに身体所有感を投射するうえで基底的な条件を構成する(人は「二本の片手」という状態を受け入れることができない)。そして、この種の条件を満たすような手と影の空間的関係を考えるとき、「光源反転空間」の発想がひねり出されるのは時間の問題である。この意味で、「影に引き寄せられる手」は、1998年に"発見"されたラバーハンド・イリュージョンの中で、半ば予告されていたと考えるべきなのである。
◯ 繰り返すが、「影に引き寄せられる手」は、ラバーハンド・イリュージョンという強固なパラダイムの中で、そのパラダイムに翻弄される研究者のうちの "誰か" が、それほど遠くない未来に、それほどの苦労もなく、(巨視的に見れば "確率的" な過程のなかで)発見されてしかるべきものである(そして実際、小鷹研究室が、1998年から約20年後にそれを発見した)。だから、本当の問題はむしろ、なぜラバーハンド・イリュージョンのような、いかにも原始的とも思える錯覚が(1mAの電流すら必要とされない!!)、よりによって、1998年という(人間の歴史もおそらくは終盤戦に差しかかりつつある)世紀末にもなって、はじめて "発見" されることになったのか、という点に移される。そして、個人的には、ラバーハンド・イリュージョンの発見の源流には、20世紀最大の発見の一つであるコンピュータの登場(と、それに伴う計算機的世界観の内面化)がある、とそのように感じている。
Our goal in this study was to determine whether the body-shadow is a good candidate for the alternative belonging to our body by the use of the rubber hand illusion as applied to the shadow. Even though an increasing number of studies have shown that the visualization of body-shadow can change spatial perception, this study was unique from the perspective that no research has directly focused on body-shadow for realizing correlation in a natural manner.
The results we found suggest that the physical hand's shadow provided significantly greater drift than the hand-shaped shadow even in the static trial, but only in the condition of gaze measurement. These findings have led us to consider that the critical factor yielding significant distortion of the proprioception is determined by whether the shadow originates in the physical body, thus implying the presence of special cognitive processing that discriminates the self-body shadow from the others.

  • 2017.05 「論文を発表しました」(研究室ブログ)
  • 2017.05 「手の位置感覚が「手の影」に引き寄せられることを発見」(プレスリリース)
  • 2017.06 「影に引き寄せられる手ー 「からだ」はどのように自覚されるのか」(academist journal)
  • 2017.06  古谷利裕氏(画家・評論家)のブログの中で本研究を取り上げていただいています。 (偽日記)
  • Kenri Kodaka, Ayaka Kanazawa: “Innocent Body-Shadow Mimics Physical Body” i-Perception, 8(3), 2017.5, [OPEN-ACCESS]
  • 金澤綾香・小鷹研理:「影による身体所有感の変調におけるモダリティーの効果」, 日本認知心理学会第14回大会, 広島大学, 2016.6(発表キャンセル) [PDF]
  • 金澤綾香・小鷹研理:「垂直型投影環境における影と物体のインタラクション」, 第20回情報処理学会シンポジウム・インタラクション2016, 科学技術館, 2016.3 [PDF]
  • Ayaka Kanazawa, Kenri Kodaka: “Anatomical similarity is mandatory to provide body ownership toward body-shadow“, Neuroscience 2015, Poster, Chicago, 2015.11
  • 金澤綾香・小鷹研理:「影に引き寄せられる手」, 第13回日本認知心理学会大会, 東京大学, 2015.6 [PDF]


◯ 手の位置感覚が、「手の影」(が位置する物理的な高さ)に引き寄せられることを示した一連の認知心理学的研究。具体的な実験内容は英語の原文(オープンアクセス)あるいはプレスリリースを、また背景にある身体所有感の考え方については、学術系の研究発掘メディアである「academist journal」に寄稿したコラムに丁寧に記されているので、参考にされたい。ここでは、しかし、そのような研究の内側の喧騒から離れ、(研究の内側を内側たらしめる)研究の輪郭に目を向けてみたい。それは、例えば、『いったい、どうして、こんなにもありふれた素材を使った、そして(いかにも)ありふれているように思える現象が、よりによって、2017年の今になって、はじめて "発見" されることになったのか。』のようなかたちで発せられる問いのことである。
◯ 「影に引き寄せられる手」は、(写真からわかるように)底面に設置された光源が手を照射し、その影が手を上から覆い隠すスクリーンに投影されることによってはじめて生じる。おなじみの(太陽の光がアスファルト面にはき出す)足元から長く伸びた身体の黒い影は、そのような心理的な誘引力を持たない。だから、「影に引き寄せられる手」は、ありふれた自然現象を、極めてありふれていないかたちで使用することによって、初めて見出されることになった。 それでは、なぜ、小鷹研究室は、そのような世界が反転しているような "まわりくどい" 光源空間を、わざわざこしらえることになったのか。
◯ この「光源反転空間」は、金澤綾香の卒業研究において「影が自分の身体そのものと錯覚される」ために必要な光源環境を考えるなかで、半ば必然的に導き出されていった。「物理的な手をマスクする」という操作は、その物理的な手とは異なる手のイメージに身体所有感を投射するうえで基底的な条件を構成する(人は「二本の片手」という状態を受け入れることができない)。そして、この種の条件を満たすような手と影の空間的関係を考えるとき、「光源反転空間」の発想がひねり出されるのは時間の問題である。この意味で、「影に引き寄せられる手」は、1998年に"発見"されたラバーハンド・イリュージョンの中で、半ば予告されていたと考えるべきなのである。
◯ 繰り返すが、「影に引き寄せられる手」は、ラバーハンド・イリュージョンという強固なパラダイムの中で、そのパラダイムに翻弄される研究者のうちの "誰か" が、それほど遠くない未来に、それほどの苦労もなく、(巨視的に見れば "確率的" な過程のなかで)発見されてしかるべきものである(そして実際、小鷹研究室が、1998年から約20年後にそれを発見した)。だから、本当の問題はむしろ、なぜラバーハンド・イリュージョンのような、いかにも原始的とも思える錯覚が(1mAの電流すら必要とされない!!)、よりによって、1998年という(人間の歴史もおそらくは終盤戦に差しかかりつつある)世紀末にもなって、はじめて "発見" されることになったのか、という点に移される。そして、個人的には、ラバーハンド・イリュージョンの発見の源流には、20世紀最大の発見の一つであるコンピュータの登場(と、それに伴う計算機的世界観の内面化)がある、とそのように感じている。

0200 □ rubber hand pointer (2013-15) |石原・小鷹
  • インタラクティブ発表賞(第19回情報処理学会シンポジウム・インタラクション2015)
  • 石原由貴・小鷹研理:「複数感覚間同期による抽象形状に対する身体変形感の誘発」, 第13回日本認知心理学会大会, ポスター, 東京大学, 2015.6 [PDF]
  • 石原由貴・小鷹研理:「デスクトップ・プレゼンスのための身体変形感を誘起する背面タッチインタフェースの研究」, 第19回情報処理学会シンポジウム・インタラクション2015, 東京国際交流館, 2015.3(プレミアム枠)[PDF]
  • 石原由貴・小鷹研理:「デスクトップ・テレプレゼンスのための入力インタフェースのデザイン —ラバーハンド・ポインタの開発 —」, 情報処理学会シンポジウム・インタラクション2014, 2014.2(プレミアム枠)[PDF]
  • 石原由貴・小鷹研理:「身体没入感を高めるデスクトップ操作環境の構築に向けた研究」, ヒューマンインタフェースシンポジウム2013, ポスター, 西早稲田, 2013.9

◯ 小鷹研の最初の院生・石原由貴による修士研究。 パソコンのディスプレイ空間内を意図通り移動する際の指示棒となる、あのおなじみのポインタ↖︎が、 文字通り「自分の指そのもの」であると感じられるためにはどうすればよいのか、という問題を考えた。 とりわけ、ラバーハンド・イリュージョンの原理の一つ、「空間的整合性/antomical congruency」をディスプレイ空間に適用し、 ポインタに身体所有感が投射されることによって、何かが変わることを期待したのだった。 しかし、よくよく考えてみれば、インタフェースデザインにおけるポインタの本質は、 各人の身体に固有の生々しさを排除し、 華麗にディスプレイ空間を駆け廻る"匿名性"にあったはずであり、 「手の形態との相似性」という制約によって、 ユーザとの身体的なつながりを無理強いすることは、機能性の根幹に関わるところでポインタの首を締めることになる。 この辺の「大いなる矛盾」に直面しながら研究をすすめていくなかで、 (例えば)その矛盾をいかに鮮やかに捌いていくか、 というようなヒューマン・インタフェースの伝統に則った研究の方向性も考えられたが、 そもそも、小鷹研究室は病的なまでに「機能性」に対する関心が薄いという事情があり、 「ポインタ」という枠組みで研究を続けていくことへのモチベーションは徐々に枯渇していくことになる。

◯ そんなわけで、「rubber hand pointer」のプロジェクトの後半は、 ディスプレイ空間における<身体変形感>の問題へとシフトしていった。 ディスプレイ背面に添付されたiPadに親指と人差し指の腹を押し付け、 それぞれの接地面を通るような(指間の距離を直径とする)白塗りの円をディスプレイ上に表示する。 一方で、親指と人差し指のそれぞれの爪部には、(グローブを介して)小さなバイブレータが取り付けられている。 これらのバイブレータが各指に与える振動の時間配分は、 ディスプレイ空間におけるビジュアルイベントの生起場所と適切に対応する。 例えば、円の内部の左寄り、人差し指に近い方で何かが衝突するようなイベントが表示される際には、 親指よりも人差し指に与える振動時間を長く与える。 このような仕組みを導入すると、体験者は、振動を文字通り、指と指の間の"皮膚"で受けとるような感覚を得る (「カエルの水かき錯覚」なんて名前がふさわしい)。 このデモは、第19回情報処理学会シンポジウム・インタラクション2015においてインタラクティブ発表賞を受賞した。 また、石原由貴個人としても、修士研究全体に対して研究科賞にあたる「芸術工学会奨励賞」を受賞した。

◯ 当事者として、このプロジェクトに関わっていた時期を振り返ってみると、ディスプレイという、どうにもならない厚み・硬さ、どうにもならない平面性、どうにもならないフレームとその角ばり、どうにもならない発光の質感等々、どうにもならないほどに次々と押し寄せてくる<どうにもならなさ>に手足を絡め取られていく、、 そんな苦闘の日々の(どちらかというとネガティブな)記憶で色付けられている。 端的に言うと、仮想メディアにおける「生々しい身体」の問題を考えていくうえで、わざわざ(これほどまでに使い勝手の悪い)「平面的なディスプレイ」を扱うということに対して、(それが世界標準であること以外に)特別な意義を見出せなかった。
◯ そんな融通の効かないディスプレイを相手にして、あーでもないこーでもないと苦悶している横で、(ちょうど同時期に研究が始まっていた)影という自然現象が有している有無を言わさぬ威力を目の当たりにしてしまったときに、「なんでこんな苦労してまで、使わないといけないの、。」って思いはますます強くなってしまうし、それでもあえてディスプレイを使うというのであれば、ディスプレイそのものを物理的にぶち壊していくような極端なことが必要なんだろうと思った。で、それというのは、もうサイエンスの学術研究の枠組みでは無理だろうと思った。 そんなわけで、小鷹研究室は、これ以降、平面ディスプレイを扱っていない。 そして、このプロジェクトの後で、「ポストインターネット」というメディアアートのムーブメントの中で、ディスプレイをめぐる興味深い試みが多くなされていることを知ることになる。

  • インタラクティブ発表賞(第19回情報処理学会シンポジウム・インタラクション2015)
  • 石原由貴・小鷹研理:「複数感覚間同期による抽象形状に対する身体変形感の誘発」, 第13回日本認知心理学会大会, ポスター, 東京大学, 2015.6 [PDF]
  • 石原由貴・小鷹研理:「デスクトップ・プレゼンスのための身体変形感を誘起する背面タッチインタフェースの研究」, 第19回情報処理学会シンポジウム・インタラクション2015, 東京国際交流館, 2015.3(プレミアム枠)[PDF]
  • 石原由貴・小鷹研理:「デスクトップ・テレプレゼンスのための入力インタフェースのデザイン —ラバーハンド・ポインタの開発 —」, 情報処理学会シンポジウム・インタラクション2014, 2014.2(プレミアム枠)[PDF]
  • 石原由貴・小鷹研理:「身体没入感を高めるデスクトップ操作環境の構築に向けた研究」, ヒューマンインタフェースシンポジウム2013, ポスター, 西早稲田, 2013.9


◯ 小鷹研の最初の院生・石原由貴による修士研究。 パソコンのディスプレイ空間内を意図通り移動する際の指示棒となる、あのおなじみのポインタ↖︎が、 文字通り「自分の指そのもの」であると感じられるためにはどうすればよいのか、という問題を考えた。 とりわけ、ラバーハンド・イリュージョンの原理の一つ、「空間的整合性/antomical congruency」をディスプレイ空間に適用し、 ポインタに身体所有感が投射されることによって、何かが変わることを期待したのだった。 しかし、よくよく考えてみれば、インタフェースデザインにおけるポインタの本質は、 各人の身体に固有の生々しさを排除し、 華麗にディスプレイ空間を駆け廻る"匿名性"にあったはずであり、 「手の形態との相似性」という制約によって、 ユーザとの身体的なつながりを無理強いすることは、機能性の根幹に関わるところでポインタの首を締めることになる。 この辺の「大いなる矛盾」に直面しながら研究をすすめていくなかで、 (例えば)その矛盾をいかに鮮やかに捌いていくか、 というようなヒューマン・インタフェースの伝統に則った研究の方向性も考えられたが、 そもそも、小鷹研究室は病的なまでに「機能性」に対する関心が薄いという事情があり、 「ポインタ」という枠組みで研究を続けていくことへのモチベーションは徐々に枯渇していくことになる。

◯ そんなわけで、「rubber hand pointer」のプロジェクトの後半は、 ディスプレイ空間における<身体変形感>の問題へとシフトしていった。 ディスプレイ背面に添付されたiPadに親指と人差し指の腹を押し付け、 それぞれの接地面を通るような(指間の距離を直径とする)白塗りの円をディスプレイ上に表示する。 一方で、親指と人差し指のそれぞれの爪部には、(グローブを介して)小さなバイブレータが取り付けられている。 これらのバイブレータが各指に与える振動の時間配分は、 ディスプレイ空間におけるビジュアルイベントの生起場所と適切に対応する。 例えば、円の内部の左寄り、人差し指に近い方で何かが衝突するようなイベントが表示される際には、 親指よりも人差し指に与える振動時間を長く与える。 このような仕組みを導入すると、体験者は、振動を文字通り、指と指の間の"皮膚"で受けとるような感覚を得る (「カエルの水かき錯覚」なんて名前がふさわしい)。 このデモは、第19回情報処理学会シンポジウム・インタラクション2015においてインタラクティブ発表賞を受賞した。 また、石原由貴個人としても、修士研究全体に対して研究科賞にあたる「芸術工学会奨励賞」を受賞した。

◯ 当事者として、このプロジェクトに関わっていた時期を振り返ってみると、ディスプレイという、どうにもならない厚み・硬さ、どうにもならない平面性、どうにもならないフレームとその角ばり、どうにもならない発光の質感等々、どうにもならないほどに次々と押し寄せてくる<どうにもならなさ>に手足を絡め取られていく、、 そんな苦闘の日々の(どちらかというとネガティブな)記憶で色付けられている。 端的に言うと、仮想メディアにおける「生々しい身体」の問題を考えていくうえで、わざわざ(これほどまでに使い勝手の悪い)「平面的なディスプレイ」を扱うということに対して、(それが世界標準であること以外に)特別な意義を見出せなかった。
◯ そんな融通の効かないディスプレイを相手にして、あーでもないこーでもないと苦悶している横で、(ちょうど同時期に研究が始まっていた)影という自然現象が有している有無を言わさぬ威力を目の当たりにしてしまったときに、「なんでこんな苦労してまで、こいつを使わないといけないの、。」の思いはますます強くなってしまうし、それでもあえてディスプレイを使うというのであれば、ディスプレイそのものを物理的にぶち壊していくような極端なことが必要なんだろうと思った。で、それというのは、もうサイエンスの学術研究の枠組みでは無理だろうと思った。 そんなわけで、小鷹研究室は、これ以降、平面ディスプレイを扱っていない。 そして、このプロジェクトの後で、「ポストインターネット」というメディアアートのムーブメントの中で、ディスプレイをめぐる興味深い試みが多くなされていることを知ることになる。