2014_Pfeiffer.html
Pfeiffer, C., Serino, A., & Blanke, O. (2014). The vestibular system: a spatial reference for bodily self-consciousness. Frontiers in Integrative Neuroscience, 8.
目次
領野の略語、役割
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PIVC:Parietoinsular vestibular cortex(頭頂葉-島前庭性皮質)
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MST:medial superior temporal region(中上側頭野)
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VIP:ventral intraparietal region(腹側頭頂間溝)
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TPJ:temporoparietal junction(側頭頭頂接合部)
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posterior cortical:後部大脳皮質
ABSTRACT
自己意識は、主体「the "I"」であることに関わる注目すべき経験である。 自己意識は、通常、身体、とりわけ、重力場における身体の位置や移動などの空間的な次元に紐付けられる。
前庭系システムが三次元空間において頭部の位置と動きを符号化するために、
前庭系皮質の処理は身体的自己意識の空間的側面に関与していると考えられる。
我々は、この論文で、前庭系が一人称視点と自己位置の主観的経験 に与える影響を示す近年のデータをレビューする。
我々は、これらの知見を、前庭系がmental spatial transformation、self-motion perception、body representationに対して影響を与えていることを示すデータと比較し、外部世界に関する身体の種々の空間的表象に対する前提系の役割を示す。
最後に、身体的自己意識の空間的側面を符号化する前提系と他の複数感覚信号を処理する 四つの後部脳領域(TPJ、PIVC、VIP、MST)の役割について考察する。
我々はこれらの皮質領域における前庭系の処理が身体空間から得られる複数感覚の信号を身体が異空間へと接続するうえで重要であるという考え方を提案する。
すなわち、前庭系のシステムは身体的自己意識の空間的側面を神経的に表象するうえで本質的な役割を果たす。
INTRODUCTION
人間の主観的な体験(”I", “the self”)は、一般的に、物理的な身体の空間的な次元に紐づけられる。これは、bodily self-consciouness(訳者注:以下、BSC)と呼ばれるコンセプトによって表現される。BSCは、「私」が特定の場所で特定のボリュームを占めて定位されているという経験(self-location)、私が世界において視空間的な視点を経験しているということ(first-person perspective)、そして、私が総体として身体とともに特定されるような経験(self-identification)からなる。
self-identificationは、自分の体を所有する感覚(ownership)、そして、身体を通して世界に働きかけている感覚(sense of agency)とは区別される (Haggard et al., 2003; Jeannerod, 2003; Blanke and Metzinger, 2009; Blanke, 2012; Metzinger, 2013; Serino et al., 2013)
このレビューは、主に、我々がBSCの空間的側面(spatial aspect)と呼ぶものであるself-locationとfirst-person perspectiveについて注目する。これらの現象的な経験は、自己の位置や量的な広がり(volumetric expansion)、そして、視点の基点・方向といった空間変数によって定義される (Blanke and Metzinger, 2009)。
逆に言えば、我々は、BSCの非空間的な側面であるself-identificationやagencyには関心があまりない。これらの現象的な経験は、空間変数の変化に対しても不変である。明晰夢や幽体離脱における身体を抜きとしたself-identificationに関する議論については(Metzinger, 2013)を参照されたい。
実証的研究は、BSCの空間的側面にせよ非空間的側面にせよ、脳における身体に関わる信号によるpre-reflectiveでnon-conceptualな表象から生じるものとしている (Metzinger, 2003; Gallagher, 2005; Blanke and Metzinger, 2009; Ehrsson, 2012)。感覚信号には、視覚・聴覚、あるいは触覚や筋骨格系を含む体性感覚から得られる外受容感覚、そして、心拍、痛覚、温度覚といった内受容感覚が存在する。内受容感覚を基礎とする意識への説明は (Craig, 2002, 2009)を参照されたい。まとめて、これらの実証的研究は、脳が、複数の感覚を統合することで、外的空間における、身体の部分、および全体的な身体、そして身体に関する整合的な空間表象を生成することを示している。
しかしながら、BSCに対する前庭系のシステムの役割は、まだあまり知られていない。前庭系のシステムは三次元空間における頭部の位置と動きを符号化し、中枢神経系においては、前庭系信号が、運動、視覚、体性感覚、筋骨格系の信号と強く統合されていくため、中枢系の前庭系の処理はBSCの空間的側面を基礎付ける神経系の計算処理にとって重要な役割を果たしている可能性がある。とりわけ、前庭系の信号は、(とりわけ重力場を前提とした)外的空間に対する身体の空間的表象を立ち上げることに寄与しているであろう。これらの前庭系の信号は、外的空間を移動している際に、全体的な身体表象を更新するうえでcriticalな役割を果たしていると思われる。したがって、前庭系のシステムは、自己位置・一人称視点に関する空間的なreferenceを符号化していると考えられる。
このレビューは、以上で述べたコンセプトに関する直接的および間接的な証拠を整理するとともに批判的な議論を展開するものである。これまで、BSCの問題と中枢前庭系の処理の問題はそれぞれ別個に扱われてきたが、このレビュー論文では、これらの興味深い複数の研究分野を統合することに関心がある。
このレビューは、三つのパートに分かれる。第一部では、簡単に前庭系のシステムを紹介し、BSCの空間的側面に対する前庭系の処理の役割について現在得られている知見を要約する。また、第一部は、今後の実証研究に対して開かれたままでいるいくつかの疑問についても言及する。第二部では、外部世界における身体的自己の空間的表象に関わる認知プロセス・知覚プロセスに対する前庭系の役割を示す実証データのレビューを行う。我々は、これらのself-relatedな処理は、BSCの空間的側面において発動するものと同様の機能メカニズムが使われていると考え、前庭系がBSCの空間的側面に貢献していることの間接的な証拠であることを指摘する。締めでもある第三部は、自己位置と一人称視点を基礎付ける前庭系処理の神経相関を扱う。ここでは、自己位置と一人称視点が、BSCに対して因果的に関わっている領域であるTPJ(temporoparietal junction)、そして三つの前庭系領野(PIVC、MST、VIP)からなる後部大脳皮質(posterior cortical)のネットワークによって符号化されているというアイデアを提案する。これらの領野は、協働して、BSCにとっての(複数感覚による)空間的なreferenceを構築するうえでの必要な計算を行う。我々は、こうした領域において知られている機能的な特性とともにBSCに与えるであろう役割について議論していく。合わせて、我々の仮説を支持する主張を揃え、BSCの空間的側面に関する前庭系の処理の今後の研究において、実証可能な研究の枠組みを提示する。
PART ONE: THE VESTIBULAR SYSTEM AND BODILY SELF-CONSCIOUSNESS: CURRENT KNOWLEDGE AND OPEN QUESTIONS
● THE VESTIBULAR SYSTEM
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前庭系のシステムは、頭部の直線および回転の加速度をコードする。地球の重力による一定のlinearな加速度を検出するとともに、重力を差し引くことによって得られる頭部の運動や位置といった信号が脳へと送られる。前庭系のシステムは、中枢において神経ネットワークが果たしている種々の役割に貢献している。そのなかには、前庭動眼反射(VOR)によって維持される安定的な注視などの運動制御、身体の姿勢、垂直の知覚(verticality)、自己運動の知覚などが含まれる。さらに、空間的なnavigationやmemory、BSCなどにも貢献する。
+ Peripheral system
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図1A
に示すように、抹消に位置する前提系器官は、頭部に左右に位置し、内耳の部分を成す。それらは、卵形嚢(utricle)と球形嚢(saccule)と呼ばれる二つの耳石(otolish)と、三半規管(three semicircular canals)からなる。
前者は頭部の動きと重力を基礎に直線的な加速度を検出し、後者は三つの基本軸(yaw, roll, pitch、図1B)周りの回転加速度を検出する。このように、前提系の感覚器官は三次元空間における頭部の位置を動きをエンコードする。
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前庭系システムの研究で行われる実験では、前提系に刺激を付与するため、自然状態で発生する加速度を使うか、あるいは人工的に加速度を作り出すかのどちらかのアプローチをとる。自然状態の前庭刺激は、実験においては頭部の加速度によって誘発される。これは、全身をpassiveに回転・並進させることによって行われる(e.g., Prsa et al., 2012; van Elk and Blanke, 2014)。このとき、回転は三半規管によって、並進は耳石によって検出される。
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自然状態の前庭系の刺激は、地球に作用する万有引力によって生じる一定量の重力によって与えられる。耳石(otolish)は、重力による一定の加速度のベクトルを検知する器官であるため、静止した状態における身体や頭部を傾けることは、結果的に耳石(otolish)を 刺激することとなる。前庭系の処理において生まれる<軽さ>(weightlessness)の影響は、軌道に乗った宇宙船や、航空機において、引き伸ばされた自由落下の間(最大数ヶ月もの間)、あるいはparabolic flight(1分以内で終結)を利用して研究されてきた。
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抹消の前庭器官に人工的な刺激を与えるための技術は、乳様突起(mastoid)に単極あるいは双極の電気刺激を与えるGVS(Galvanic Vestibular Stimulation)、三半規管に熱を与えるCVS(Caloric Vestibular Stimulation)、さらにヘッドフォンを通してクリック音やバースト音といった聴覚刺激を与える手法が存在する。これらの刺激手法は、三半規管、耳石、前庭系の神経を活性化させる。重要なことは、これらの人工的刺激は、痛覚(nociceptive)、温度、および聴覚に関わる受容器を一緒に活性化させてしまうということである(Lopez et al. (2012b).)。
+ Vestibular cortex
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中枢神経系における前庭系の通路は、1)前庭系器官から、脳幹に存在する前庭系の神経核への投射、2)脳幹から視床の神経核・小脳・脊髄への投射、3)視床から小脳への投射からなる。視覚・聴覚、そして体性感覚のような特定の感覚に関わる主要な領野が同定されている一方で、前庭系を専門的に扱う領野は人間の脳内には存在しないようである。むしろ、前庭系の領野は、抹消から視床へと至るあらゆる皮質によってつくられる、複数の感覚と運動表現とが折り重なる分散的なネットワークであるとみなされる。
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人とは異なる霊長類を対象とする電気生理学研究によれば、前庭系の信号は複数の皮質領域で計測されてい。具体的には、体性感覚野、頭頂葉-島前庭性皮質(PIVC, parieto-insular vestibular cortex)、dorsal MST(背側の中上側頭野)、media temporal cortex(内側頭野)、前頭葉(frontal eye field and supplementary eye field)、cingulate cortex(帯状皮質)が知られている。これらの計測は、前庭系の信号が、視床を起点として、後頭葉を除く全ての主要な領野へと投射されていることを明らかにしている。人の前庭系の領野内での処理を計測するために、多くの研究では、FMRIを使っている。FMRIは、非侵略的であり高い解像度を誇る一方、いくつかの限界があることも知っておくべきである。
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まず、被験者は、仰向けの状態を強いられるとともに頭部の動きが制限される。これは、頭部の傾きや動きが可変的な通常の状況とは異なる。また、末梢系の器官に人工的なかたちで刺激を与えるためには、GVS・CVS・clicksといった手法が使われるが、これらの手法は、他の感覚系をも活性化させてしまうので、前庭系に固有の脳活動を抽出しようとする際の解釈がやっかいなものとなる。最後に、MR scannerによるstatic な磁場は、一定の前庭刺激を誘発するものであるが、頭部の位置によって異なる前庭器を活性化させるばかりか、眩暈などを引き起こすことさえある。このように、中枢系における前庭系の処理を研究するには種々の制約がある。より自然であり、被侵略的なやり方で特定の前庭刺激をピンピンとで与えるような、全く新しいニューロイメージングの計測手法の登場が求められる。
● VESTIBULAR CONTRIBUTIONS TO BODILY SELF-CONSCIOUSNESS
+ Theory
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BSCが、視覚・前庭系・体性感覚系・筋骨格系・運動感覚間の複数感覚の統合に基づいて生起する、という考え方が多くの研究者によって提案されている。この理論は、物理的な身体とその近傍であるパーソナルスペース(身体近傍空間を含む)と、その外部dフェアルextrapersonal spaceを区別する。この理論によれば、前庭系のシステムは、personal spaceにおける複数の感覚信号(体性感覚、筋骨格系、視覚、聴覚信号)を、extrapersonal spaceにおける感覚信号(視覚、聴覚信号)と統合する際の処理に深く関わっている。とりわけ、不変の重力加速度を検出する耳石由来の信号は、身体的自己にとって「world-centered reference」を与える。personal spaceとextrapersonal spaceの間で複数感覚の統合を行うことによって、脳は、全体としての身体の空間的表象をつくりだす。それは、外部世界との関係においてマーキングされた場所と方向を伴うものであり、それこそが身体的な自己意識なのである。この理論に沿って、 Lopez et al. (2008)は、耳石由来の信号は、身体的な自己意識の空間的な側面である、self-location、一人称視点の成立と極めて強く関係するものであると述べている。これらの空間要素は、personal spaceとextrapersonal space双方からの信号に依存するものであるが、一方で、身体的な自己意識の非空間的な側面であるself-identificationは、外的世界とのインタフェースとしての身体というよりはむしろ、主にpersonal spaceや身体そのものからの信号信号に依存するものであり、前庭系との関係は希薄であると考えられている。
+ Clinical data
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<前庭系の処理が身体的自己意識の構築に関係している>という理論は、身体的自己意識がthree-wayにdisembodimentする幽体離脱現象の観測のなかから、十分な根拠を得ている (Devinsky et al., 1989; Blanke et al., 2002, 2004; Brandt et al., 2005; De Ridder et al., 2007; Ionta et al., 2011; Pfeiffer et al., 2013). 幽体離脱現象の間、体験者は典型的には、外部空間の中にillurosy bodyを見出し(disembodied self-identification)、物理的な身体に対して上方に位置するように感じ(disembodied self-location)、そして、上方から物理的な身体を見降ろすような方向性を持った視点を経験する(disembodied first-person perspective)。
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神経系に由来する神経幽体離脱現象のうちのいくつかは、強力な前庭系入力を受け付ける脳の領野であるTPJに対して生じる損傷 (Ionta et al., 2011)、機能障害 (Blanke et al., 2004)、電気刺激 (Blanke et al., 2002)によって引き起こされる。TPJに付与される電気刺激は、幽体離脱現象に加えて、前庭系、視覚系、そして運動系のhallucinationを引き起こす(Blanke et al., 2002)。前庭系の処理と幽体離脱現象の現象レベルのつながりは、健常者における異なる研究においても見出される。Cheyne and Girard (2009)は、起床後に動けない状態となる睡眠障害であるsleep paralysisに苦しむ人たちが、しばしば、幽体離脱に似た前庭系ー運動系のhallucinationを経験することを発見した。self-reportによれば、こうした経験は、仰向け状態で生じるのが通常であり、前庭系ー運動系の幻覚状態から幽体離脱へと移行していく。
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幽体離脱は多くの場合、耳石で検出される前庭系の信号が、vertical body axisに対して変化している仰向け状態で生じており (Green, 1968)、耳石における前庭系の処理が、身体的な自己意識の変容に対して重要な役割を果たしていることが示唆されている (Lopez et al., 2008)。合わせて、以上で参照されているデータは、側頭頭頂野において変化した前庭系の処理が幽体離脱中の身体的自己意識の乱れと関係していることを示唆するものである。
+ Experimental data
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似たような身体的自己意識の変化については、body-swap illusion (Petkova and Ehrsson, 2008)、out-of-body illusion (Ehrsson, 2007)、full-body illusion (Lenggenhager et al., 2007)といった異なる身体意識の錯覚を使って、健常者でも調べられている。古典的なfull-body illusion (Lenggenhager et al., 2007)の間、被験者は、virtual bodyの背中をさすられているのを三人称的に見る(visual stroking)のと同時に、自分自身の身体の背中をさすられる(tactile stroking).visual strokingとtactile strokingが空間的に離れているという事実は重要である。同期的な視触覚刺激は、多くの場合、(同期していない場合と比較して)virtual bodyに対するself-identificationを高めるるとともに、virtual bodyの方向(に位置するかのような)self-loactionを高める。
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こうしたfull-body illusionのセットアップを使って、我々は最近、耳石の前庭信号と視覚的な重力信号の方向性に矛盾を孕ませることによって、主観的に経験される一人称視点の方向と自己位置が変容することを示した (Ionta et al., 2011; Pfeiffer et al., 2013)。図2は、実験のセットアップと結果を示したものである。被験者は、virtual bodyを、高所から見降ろすように眺めるが、同時に(物理レベルで)仰向けとなっている身体は、重力に対して上向きとなった方向の前庭信号を耳石で受けている。こうした条件下で経験されるfirst-person perspectiveには個人差がある。up-groupは、上向きの視点を経験するとともに、self-locationも上方へとずれる。逆に、down-groupは、下向きの視点を経験し、自己位置の変化は下向きに変化する。興味深いことに、一人称視点と自己位置に関わる個人差は、FMRIによって見出される神経系のレベルの違いに反映されていた。具体的には、幽体離脱の患者グループによって発見された領域であるangular gyrus角回)とオーバーラップした領域である、両側のTPJ内の posterior superior temporal gyrus (pSTG)において、グループ間で違いがみられた(Ionta et al., 2011).
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Pfeiffer et al. (2013)は、以上の一人称視点の傾向が、 visual vertical judgement (Oltman, 1968)によって計測される、視覚情報と前庭情報の間の重み付けにかかる個人差と強く関わっていることを発見した。被験者は、visual lineを主観的に垂直と感じる軸に合わせなければならない。visual independeng groupに属する一定の被験者は、周囲のフレームが傾斜している場合でも、垂直性の判断はほとんど揺るがない。他方、visual dependent groupの被験者の垂直判断は、視覚情報に多いにひきずられてしまう。我々は、以上の垂直性タスクにおいて、どちらのグループに属しているかがわかると、full-body illusionの間にどのような一人称視点を経験するかがある程度予測できることを示した。具体的には、visual independent groupは、物理状態と一致したup-lookingな一人称視点を、visual dependent groupは、視覚情報と整合するdown-lookingな一人称視点を経験しやすくなる。
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まとめると、これらの研究は、前庭系のシステムが身体的な自己意識に伏流している、全体的な身体の空間的表象のあり方に強く貢献しているという仮説を支持している (Blanke et al., 2004; Blanke, 2012)。それでは、身体の部分的な空間的表象に関しては、前庭系の信号はどのように関係しているのだろうか。身体各部の表象は、身体全体の表象と関連づけられているとともに (Petkova et al., 2011; Ehrsson, 2012) 、いくつかの研究は、前庭系がtouch localizationや手の形状知覚に影響することを観測している (Lopez et al., 2010, 2012a,c; Ferre et al., 2011, 2013)。しかしながら、これらの研究は、前庭系の刺激が、身体的な自己意識の空間的側面に伏流している空間的に統合されたwhole-body representationに実際的な影響を与えるものかどうかについてはテストしていない。
● CONCLUSION AND OPEN QUESTIONS
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健常者に対する耳石にかかる重力信号と視覚的な重力手がかりの間の不一致、あるいは神経系患者におけるTPJの機能的障害が、身体的自己意識における空間的な側面である一人称視点と自己位置の変化を生み出すものであり、現象的体験としては、重力反転のような、前庭系の幻覚をもつくりだす。さらに、重力に関して、前庭系と視覚系で曖昧な状況をつくることによって、一人称視点と自己位置の変容を引き起こすことがわかった。これらの観測は、身体的自己意識における空間的側面に伏流している前庭系処理の重要な役割を示唆するものである。
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他方、これらの影響を基礎づけている機能、および神経メカニズムについてはほとんどわかっていない。例えば、前庭系の抹消システムは、幽体離脱やfull-body illusionの間に、一切刺激を受けていない。このように、耳石や三半規管が、どのように身体的自己意識の空間的側面に影響するかについては十分に研究されていない。さらに、前庭系の処理が身体の「volumetric」な表象にどのような貢献をしているのか、またそのような<量的な身体>が外部世界の表現とどのように接続するのかについても、ほとんど何もわかっていない。最後に、前庭系システムは頭部の動きと身体の動きを信号化するものであるにもかかわらず、身体的自己意識の空間的な側面を扱ったほとんどの研究は、静止状態にある身体を用いている。これらの点は、将来の研究において重要な問題を投げかけている。
PART TWO: VESTIBULAR CONTRIBUTIONS TO BODILY SELF-RELATED COGNITIVE AND PERCEPTUAL FUNCTION
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このレビューの第二部では、心的な空間変換、自己運動感覚、そして身体表象に関わる前庭系の影響を示す実証的研究をまとめる。これらの認知プロセスは、身体と外部世界の空間的な表象、およびそれらの関係に関わるものである。我々の主張は、身体的自己に関わるプロセスは、BSCにおける空間的な側面とよく似ており、したがって、外部世界と空間的なreference frameに位置付けられる身体のvolumetric representationが要求されるということである。
● MENTAL SPATIAL TRANSFORMATION
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心的な空間表象は、自己意識経験における重要な側面である。例えば、他人が保持しているであろうvisual perspectiveを取得する能力は、空間認知(Maguire et al., 1998)、心の理論(Baron-Cohen et al., 1985; Saxe and Kanwisher, 2003; Frith and Frith, 2006)、そしてBSC (Newen and Vogeley, 2003)にとって重要である。心的な空間表象は、オブジェクト、身体部位、あるいは別の場所で異なる方向を持った全身などを素材としたmental imagery taskを使って、広範な領域で研究されている (Shepard and Metzler, 1971)。これらのオブジェクトに対するmental imageryは、実際に被験者が身体や知覚対象のオブジェクトを動かしたりすることなく、心的なレベルでの空間変換を伴うものである。これらのタスクのパフォーマンスを示す、reaction time、error rateといった指標は、一般的には、オブジェクトの回転角度や、回転にかかる最短のパスに依存する (Shepard and Metzler, 1971; Parsons, 1987a; Wexler et al., 1998)。身体部位や全身のmental imageryの場合、そのパフォーマンスは、さらに、物理身体が有している身体構造的な制約(anatomical constraint) (Parsons, 1987b, 1994) 、そして、課題を行なっている間の被験者の身体の姿勢によっても変化し得る (Ionta and Blanke, 2009; Ionta et al., 2013)。自分を中心とした、全身あるいは視空間のパースペクティブの空間的な変換としてのego-centricなimageryは、神経認知科学において、長きにわたって伝統的に研究されている。egocentric imagey taskにおいて、被験者は、自分の現実の位置や視点とは異なるところから、オブジェクトの空間的な属性を判断する。例えば、被験者は、想像された地点から、マーカーが左側にあるのか右側にあるのかを判断することがある。複数の研究者は、egocentric imageryを、body-part imagery (Zacks and Michelon, 2005)の文脈から検討している。このbody-part imageryは、body-part centered reference frame (Klatzky, 1997; Blanke, 2012) に従うものであり、必ずしも全身のグローバルな表象を利用する必要のないものであると考えている。それゆえ、我々は、egocentric imageryを、想像された全身および視点の変換に適用することを選んだ。「egocentric imagery」は、外的空間にあるオブジェクトの変換を想像し、その空間属性を判断するときに使われる「allocentric imagery」とよく比較される。複数の研究は、egocentricとallocentricの違いは、神経系の機能的な活動の違いに顕著に現れることを示している (Mast et al., 1999; Wraga et al., 2005)。例えば、egocentricなimageryは、TPJの活動を引き起こす (Arzy et al., 2006)。この場所は、幽体離脱 (Blanke et al., 2002, 2004; Blanke and Mohr, 2005) やfull-body illusion (Ionta et al., 2011) におけるBSCの空間的側面に関わる領野と同一である。
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egocentricとallocentricなimageryを比較するほとんどの過去研究は、視覚、運動、筋骨格系の役割に注目するものであるが、より最近の研究では、egocentricな想像的空間変換における前庭系の特定の役割を扱っている。
例えば、Grabherr et al. (2011)は、両極の前庭系の抹消を損傷している患者に対するmental imageryを健常者(あるいは一方のみの損傷)と比較したところ、egocentricな心像の構築に影響が出ることがわかった。一方で、allocentricな心像では影響がみられなかった
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これらの事実は、抹消系の前庭系信号とegocentricなimageryとの間につながりがることを印象付ける。関連して、egocentricな心像が、TPJの皮質活動を基礎として生じることが知られている点は重要である。
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同様に、前庭系の処理がegocentricな心像の構築に特定の影響を与えていることが、 Lenggenhager et al. (2008). によって示された。
左右のいずれかに回転したオブジェクト(身体 or 非身体)を見ている健康な被験者に対して、やはり、左右のいずれかの部位に陽極のGVS刺激を与えたところ、egocentricな心像は、左右が一致した場合に促進されること、さらにその効果は、身体のオブジェクトを見ているときに限って生じることがわかった。また、GVSは、allocentricな心像、および身体ではないオブジェクトの心像には影響を及ぼさなかった。
これらの結果は、前庭系がegocentricな心像を調整する役割を持つのみならず、前庭系の処理が、とりわけ複数感覚間で一致した方向性を有する身体と関係したmental transformationにとりわけ深く関わっていることを示すものである。これらの結果は、TPJにおいて前庭系、視覚系、そして運動系の処理が接続しているという臨床系の知見と一致している。さらに、幽体離脱中のBSCの空間的側面の変容 (Blanke et al., 2002) とも一致している。
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Grabherr et al. (2011) と Lenggenhager et al. (2008)がmental imageryにおける前庭系の損傷と人工的刺激の影響を研究してきた一方で、van Elk and Blanke (2014)は、自然状態でつくられる前庭刺激を用いて、類似の結果を導いた。全身をyaw軸で受動的に回転すると(これは水平方向の三半規管を活性化させる)、回転方向が心的回転の方向と一致する際に、egocentricな身体に関わる心像の構築を促進した。一般的な左右の前庭系の損傷(Grabherr et al. (2011))および、GVS(Lenggenhager et al. (2008))が左右の耳石および三半規管の前提系信号を変えてしまうのに対し、このvan Elk and Blanke (2014)の研究は、特定の方向の三半規管への刺激のみが、egocentricな心像を変えてしまうことを示した点で重要である。
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これらのデータは、心的な空間変換が前提系の信号に依存していることを示している。前提系の処理は、身体のオブジェクトを視覚的に見るときに限ってegocentricな心像を高める。三半規管と耳石から得られる前提系の信号は、特定の方向に対するmental imageryを促進する。
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egocentricな心像が、BSCにおける空間的な側面と類似した空間表象や神経処理を利用しているとすると、三半規管からの前庭系信号は、BSCの空間的側面に貢献し、またそれらはTPJで処理されていると考えるの自然である。
我々の知る限り、この仮説は、まだ直接的には研究されていない。
その代わりに、BSCの空間的側面に関わる過去研究は、耳石における前庭系信号と静的な重力場の影響について検討していた。
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egocentricな心像は、TPJにおける機能性のある神経活動を利用しており、BSCにおける空間的側面を作り出すものと類似した表象をつくりだしていることを示唆している。実際、egocentricな心像を生み出すにあたっては、自分自身の身体や視点を外部空間の特定の地点へと空間的に置き換える(displacement)ことが必要となるが、これに対応する物理的な動作は、耳石と三半規管を活性化させるだろう。回転運動とそれに伴う前庭系信号の活性化が、egocentricな心像をつくることに寄与しているという事実は、三半規管の信号による皮質内処理もまた、BSCの空間的側面に貢献しているであろう、ということである。最後に、そのような効果が、人間の身体を見たときにのみ生じるという事実は、egocentricな心像とBSCの空間的側面が、かなりのレベルで、人間の身体の視覚的表象にチューニングされていることを示唆している。
● SELF-MOTION PERCEPTION
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日常的な活動は、身体の動きを伴うものである。これらの行動を計画し制御することには、環境における正確な自己運動の知覚が要求されるとともに、したがって、脳は、複数の感覚信号を基礎として身体の運動をモニタしなければならない。さらには、自己運動の知覚は、重力の影響下で、バランスを保つこと、歩くこと、そして、オブジェクトの動きを追跡することにおいて重要である。研究によれば、自己意識の知覚は、前庭系、視覚、筋骨格系、聴覚、そして運動感覚系から得られる、総体として冗長な感覚信号を統合することに負っている。前庭系信号は、それのみでも、環境内の頭部の姿勢と運動を示すことができるが、非常に遅い運動 (Kolev et al., 1996) や、長く続く等速運動 (Brandt et al., 1998) をセンシングすることは苦手であることがわかっている。同様に、耳石は、頭部の運動に由来する直線的な加速度と、重力加速度を区別することができない (Einstein, 1907)。
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自己運動知覚に関する研究は、したがって、複数感覚間の統合メカニズムを扱う。とりわけ、人間以外の霊長類における、視覚系 - 前庭系の統合に関する研究は多い (Andersen et al., 2000; Bremmer et al., 2002; Gu et al., 2007; Bremmer, 2011)。これらの研究では、人間以外の霊長類の脳の中で、medial temporal region(側頭葉内側領域)、dorsal MST(背側) regionが、頭部の回転と向いている方向に関する、視運動刺激と前庭系刺激を統合されていることを発見した。自己運動知覚と関連する視覚と体性感覚信号を統合する別の領域は、VIP (Bremmer et al., 1999; Chen et al., 2013a) である。人を対象としたニューロイメージングでは、後部頭頂葉(posterior parietal)、頭頂後頭葉、そして側頭葉内側に同等の活性化が認められる (Brandt et al., 1998; Kleinschmidt et al., 2002; Kovács et al., 2008; Becker-Bense et al., 2012)。
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これらの研究は、自己運動知覚が、動的に変化する(身体運動に関する前庭系の信号を含む)複数感覚刺激間の最適な比較に依拠することを示す一方で、より最近の研究では、定置の重力加速度信号もまた、自己運動知覚にとって重要であることを示している。例えば、
De Saedeleer et al. (2013)は、通常の地球の重力環境において、知覚される自己運動の速度は、視覚的に予期される動きの空間的方向に依存して決まるとともに、主観的な速度の知覚は、上側と下側で非対称的なパタンを示すが、左右では違いがみられないことを示した。とりわけ、視覚的な自己運動は重力と反対の上方向へと向かうときに(重力方向と比較して)ゆっくりと感じられることがわかった。
microgravity、すなわち耳石の信号が存在しない状況下では、この上下の非対称性は消失する。
興味深いことに、この種の知覚バイアスが非対称性から対称性へと切り替わるには数日かかることがわかっている。これは、microgravity下にあった宇宙飛行士が、あたかも重力下において直立状態で起立しているかのように、靴のソールの感触に似た圧力刺激を与えられるときに判明する。
これらの結果は、定値の重力加速度のみならず、複数感覚の手がかりもまた、自己運動知覚に影響を与えることを示唆している。
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Grabherr et al. (2011) と Lenggenhager et al. (2008)がmental imageryにおける前庭系の損傷と人工的刺激の影響を研究してきた一方で、van Elk and Blanke (2014)は、自然状態でつくられる前庭刺激を用いて、類似の結果を導いた。全身をyaw軸で受動的に回転すると(これは水平方向の三半規管を活性化させる)、回転方向が心的回転の方向と一致する際に、egocentricな身体に関わる心像の構築を促進した。一般的な左右の前庭系の損傷(Grabherr et al. (2011))および、GVS(Lenggenhager et al. (2008))が左右の耳石および三半規管の前提系信号を変えてしまうのに対し、このvan Elk and Blanke (2014)の研究は、特定の方向の三半規管への刺激のみが、egocentricな心像を変えてしまうことを示した点で重要である。
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重力場と関係する自己位置感覚の神経相関はIndovina et al. (2013) によって研究されている。
FMRIの間、VR空間のローラーコースターによって視覚的な自己運動の手がかりを提示すると、(水平方向ではなく)垂直方向の運動の間のみ、PIVCの領域が活動することがわかった。
PIVCは、重力を受け取る領野においては重要な場所である。PIVCの活動は、移動加速度の定数に依存し、地球の重力である9.81m/s2に対して最大の活動を示した。
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同じ研究グループによる複数の研究によって、重力の内部モデルが、視覚的な運動知覚にも転用されていることが示されている。(?)これらのタスクの間、重力の内部モデルは、抹消前庭刺激によっても活性化するPIVCの領域の活動を利用する (McIntyre et al., 2001; Indovina et al., 2005)。より最近になって、Maffei et al. (2010) は、重力加速度に従って動く視覚的なオブジェクトが、島皮質(insula)と下頭頂皮質を活性化することを発見した。視覚的に観測された動きであれ、 見せかけの動きの手がかり(?、unseen apparent motion cues)であれ、これらの領域を活性化する。また、この活動は、passiveに観察するときと比較して、object interception task(?)の際に、より強くなることもわかった。
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人間を被験者とした最近の研究では、自己運動知覚は身体の運動に関わる動的な信号のみならず、重力場に関わる前庭信号にも依拠することがわかっている。行動学的応答および機能的ニューロイメージングによれば、脳は、重力の内部モデルを用いることで、重力が自己および環境内のオブジェクトの運動に対して与える影響を見積もっていることが示唆されている。この内部モデル(を扱う領域?)は、PIVCにおいて前庭系信号を処理する部分と重なっていることがわかった (Indovina et al., 2005, 2013)。合わせて、これらの発見は、頭部の運動や位置に関する前庭系の信号が、自己運動の知覚において重要であることを示している。
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自己運動の知覚に関する実験は、とりわけ、彼らが動いているか否か、それはどちらの方向か、といった被験者の主観的な経験を問うものである。これらは、自己に関連する知覚判断であり、おそらく、身体的自己の座である「I」と外部世界に関わる複数感覚による空間表象に基づくものである。このように、自己運動の知覚は、BSCの空間的側面である自己位置(self-location)と一人称視点(first-person perspective)を基礎付けるのと類似した神経表象を利用するだろう。身体が移動している間、脳が、自己位置と一人称視点を空間的に更新すること、あるいは、それらが環境に起因する動きの場合、そのような更新処理を差し控えることは、重要である。しかしながら、BSCに関する研究は、ほとんど静止した状態の身体を扱っており、自己運動知覚に関わる機能的な神経表象とBSCの空間的側面との間の正確な関係については、これまでのところよくわかっていない。
● BODY REPRESENTATION
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BSC(bodily self-consciousness)の空間的側面は、身体の量的な空間表象(volumetric body representation、以下VBR)を含む。しかしながら、どのような単一の感覚モダリティーであっても、それ単独では、VBRをエンコードしていない。代わりに、脳は、体性感覚、筋骨格系、視覚、そして最近示されているように前庭系からの複数の身体に関わる感覚の信号を統合する。
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Longo and Haggard (2010) は、手の形状に関する知覚を評価する課題を考案した。
彼らは、手の形状の判断が、部分的に体性感覚野(S1)における手を表象する皮質構造に部分的に類似した形で、変形することを見出した。
類似の課題を用いて、Lopez et al. (2012c) はCVSによる前庭系への刺激が身体の表象に与える影響を調べ、手の大きさの判断が、前庭刺激によって誇張されることを発見した。Ferre et al. (2013) によるGVSを使った(同じタイプの課題を用いた)異なる研究では、前庭刺激によって、手の背中側が収縮する一方で指の表象が大きくなることがわかった。
これらの実験結果の間に見られる(大きくなるのか縮むのかといった)個々の差異は、与えられる前庭信号の空間的方向性の違いを反映したものかもしれない。
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実際、CVSによる前庭刺激は、yaw角をエンコードする水平方向に対応する三半規管を最も活性化させる一方で、
GVSは、roll角とpitch角をエンコードする、垂直方向に対応する三半規管(anterior and posterior canal)を活性化させる (Lopez et al., 2012b)。あるいは、これらの結果は、刺激提示の技術的な要因に帰するもの、たとえば、温度覚(therrmal)や痛覚(nociceptive)の活性化に由来する可能性もある。研究間で相違はあるものの、いずれの知見とも、前庭刺激が手の形状に関わる表象を変形することを示している。
このように、視覚、体性感覚、筋骨格系の信号のみならず (Serino and Haggard, 2010)、脳は、前庭刺激をも統合し、身体の量的な表象を決定することがわかる。
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Lopez et al. (2012c) and Ferre et al. (2013) の研究によれば、前庭刺激は一時的に、被験者の手に関するinternal spatial configurationを変化化させることがある。これらの結果は、rubber hand illusion (Botvinick and Cohen, 1998) における手の位置感覚の変化とは異なる。実際、(RHIの)被験者は自分自身の手の位置を物理的な位置とは異なる場所に体感するが、手の形そのものの変化は経験しない。前庭刺激は、人間の暗黙的な手の表象と、全体的な外的空間における位置感覚に対して、それぞれに違ったかたちで寄与しているように見える。RHIの間の前庭刺激がproprioceptive driftに影響しないこと示した二つの研究 (Lopez et al., 2010, 2012a)は、この考え方を間接的に支持するものである。
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一般的に、成人の物理的な身体は、時間がたっても、ほとんどその形状を変えることがない。しかし、前庭刺激は、手の形状に関わる内部表象に即座に介入する。この点は、身体の量的な表象に、可塑性のメカニズムが深く関わっていることを示唆している。このような表象は、full-body illusionの間に俎上に載せられるBSCの空間的な側面にとって、重要な鍵を握るかもしれない。
● PART TWO: CONCLUSION
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我々は、耳石と三半規管に由来する前庭信号が、重力の内部モデルと同様に、認知、感覚運動系、知覚に関わる機能に影響することを見てきた。これらの、自己に関わる機能は、TPJ、頭頂間溝(intraparietal sulcus)、頭頂後頭葉(parietal-occipital)、内側頭野野(medial temporal cortices)における前庭系の処理に基づく。TPJがBSCの空間的側面もまたエンコードしていることから、TPJの前庭系の処理は、自己に関わるプロセスとBSCの空間的側面の両者と関わっているものと考えられる。
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前庭系の信号は、末梢の前庭系器官が頭部に対して固定的に埋め込まれており、それゆえに外部環境からの相対的な頭部の動きを信号化する点で、特別な感覚である。前庭系信号は、このように、身体の動きを経験している間、自分の居場所を特定し更新することに寄与している と考えられる。しかしながら、前庭系の信号そのものは、頭部の動きを信号化するだけであり(他の身体部位の位置についてはわからない)、単独では十分な情報を生み出すことができない。複数の感覚によって統合された、体全体に対するグローバルな表象は、BSCにとって必要であり、したがって、前庭系の信号は、他の空間的に情報量に富んだ複数感覚からの信号を統合することが必要である。身体全体の表象は、複数の感覚から得られた身体と関係する信号を、単一のbody-centered reference frameの中へと統合することによってのみ得られる。合わせて、複数感覚の信号を統合する際には、前庭系のworld-related signalsは、量的な身体の表象を提供するとともに、その瞬間的な位置および方向を示す。このような、体全体に対する表象は、身体やその部位の持続的な動きに対して、動的に更新されねばならない。この機能を果たすため、前庭系の信号は、自己運動を信号化し、環境と関連するBSCの空間的側面を更新する上で重要となる。
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我々は、外部世界とグローバルな身体全体の表象との空間的関係、および動きに伴う身体と環境の関係の更新にとって、末梢以降の前庭系の処理が重要であると考える。本レビューの最後のパートでは、こうした見方を支持する証拠を提示する。
PART THREE: VESTIBULAR CORTEX AND SPATIAL ASPECTS OF BODILY SELF-CONSCIOUSNESS
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BSC(bodily self-consciousness)に寄与する前庭系処理のneural correlatesは、どの領域だろうか。実験データによれば、右脳の後部大脳皮質(posterior cortical regions)において、前庭信号とBSCの空間的側面が処理されていることを示している (Dieterich et al., 2003; Blanke and Mohr, 2005; Ionta et al., 2011)。このレビューの第三のパートでは、三つの重要な後部大脳皮質である、PIVC、MSTそしてVIPの機能特性をまとめるとともに、自己位置と一人称視点をともにエンコードすることでBSCに関与するTPJについてもまとめる。
● PIVC
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PIVCは、動物の脳内においても前庭系の入力を扱ううえで鍵を握る領域であることが広く知られている (Grüsser et al., 1990a,b) 。この領域は、体性感覚信号と筋骨格系の信号を受け取る (Lopez and Blanke, 2011)。人間の皮質において、PIVCの正確な場所についてのコンセンサスはない。PIVCは、研究によって異なる場所が指摘されている。島後部前庭皮質(posterior insular and retroinsular) (Fasold et al., 2002; Indovina et al., 2005; Lopez et al., 2012b)、頭頂弁蓋(parietal operculum) (zu Eulenburg et al., 2012)、TPJの異なる領域 (Bense et al., 2001; Deutschländer et al., 2002; Lopez et al., 2012b)。人間を対象とした神経画像データによれば、PIVCはGVSやCVSによって人工的に刺激された前庭信号 (Fasold et al., 2002; Lopez et al., 2012b)、首から筋骨格系の信号(Fasold et al., 2008)、そして視覚信号(Brandt et al., 1998; Bense et al., 2001; Brandt et al., 2002; Deutschländer et al., 2002; Indovina et al., 2005, 2013)をエンコードしている。人間とは異なる霊長類の電気生理学によれば、PIVCにおいて視覚処理がなされているという根拠が示されているが (Grüsser et al., 1990a)、視覚処理は無関係とする報告も出されている (Chen et al., 2010)。Brandt et al. (1998)は、人間のPIVCと頭頂後頭葉が、視覚と前庭系信号の相互抑制メカニズムによって、自分の動きと関連する視覚・前庭系信号をエンコードするという考えを提案した。とりわけ、これらの研究者は、前庭系の入力がPIVCを活性化させると同時に、頭頂後頭葉(pariettooccipital)領域の活動を抑制すると考えている。視運動刺激(optokinetic stimulation)は、他方で、頭頂後頭葉領域を活性化すると同時にPIVCの活動を抑制する。したがって、PIVCから頭頂後頭葉領域への(あるいはその逆の)活性作用・抑制作用の動的な相互作用が、自己の動きの知覚を可能とするのだと考えられる。PIVCは、他の全ての前庭系領域へと投射するため、少なくない研究者は、PIVCを、人間にとって前庭系の入力に関わる主要な領域であると考えている。 (zu Eulenburg et al., 2012).
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では、PIVCは、BSCの空間的側面をエンコードするにあたってどのような役割を担っているのか。PIVCは、前庭系の入力を受ける主要な領野であるとともに、pSTG領域との強い接続があることから、TPJのサブ領域であると考えられている。そのため、PIVCは、自己位置や一人称視点を形成する前庭系信号をエンコードするうえでcriticalな場所であると思われる。自己位置と一人称視点の変化を実験的に誘発されている際に、前庭系の耳石信号は重要な役割を果たすとともに (Ionta et al., 2011)、こうした耳石の入力は、重力の内部モデルと同様に、PIVCと隣接領域において即座に符号化されることが報告されている (Indovina et al., 2005).。このように、PIVCは重力場における身体の方向と動きを符号化し、こうした信号はBSCの空間的側面をコードするTPJにおける神経処理と相互作用すると考えられる。人間におけるPIVCの機能性および形態的場所を同定すること、そしてBSCを関連する他の隣接領域と区別することは、将来的な研究において重要な目標となる。
● MST
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人間とは異なる霊長類において、dorasal MSTは、線条体(extrastriate)に位置し、optical flowの刺激と、身体の移動・回転にかかる前庭系の信号を処理する (Bremmer et al., 2002; Gu et al., 2007)。近年提案されたモデルとして、MSTの神経が、ベイズの最適統合モデル(Bayesian optimal integration model)を用いて、視覚と前庭系の手がかりをを統合することで、自己運動にかかわる知覚的な決定の処理をするという考え方が存在する (Tanaka et al., 1986; Duffy and Wurtz, 1991; Gu et al., 2008; Fetsch et al., 2013; Chen et al., 2013a)。霊長類では、MSTに隣接するVIPの神経もmた、optical flowを処理するが、それぞれの領域は、前庭系信号を符号化するreference frameの点で、異なる。
VIPは、身体中心、あるいは世界中心の座標系にかかる前庭信号を符号化する一方で、MSTは、眼球中心の座標系を符号化する (Chen et al., 2013a,b)。
これらのデータは、霊長類において、MSTが視覚-前庭系の統合と自己位置の知覚にあたって重要な領域であることを示唆している。人間とそれ以外の霊長類との間の形態学的違い故に、人間にとってMSTと相同的な部位がどこになるのかについては正確にわかっていない。一方で、機能ニューロイメージングの研究によれば、頭頂後頭葉領域の活動によってoptical flowが誘発されることを発見した (Brandt et al., 1998, 2002; Deutschländer et al., 2002)。人間にとってのMSTの相同領域は、視覚ー前庭領域の信号を統合することで自己移動の間に、BSCの空間的側面を形成することに貢献しているであろう。すなわち、MSTにおける前庭信号の処理は、移動中の自己位置と一人称視点を更新するうえで重要な役割を果たしているかもしれない。
● VIP
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VIPは、複数感覚の空間的なコーディングにあたって重要な領域である。まず、人間と動物に関する複数の研究は、VIPが視覚・触覚・筋骨格系そして聴覚刺激を処理することがわかっている (Duhamel et al., 1997, 1998; Bremmer et al., 2001; Avillac et al., 2005; Schlack et al., 2005; Sereno and Huang, 2006; Huang et al., 2012).
VIPニューロンの主要な機能は、異なる感覚からの情報を統合することにあるが、まずはじめに、各抹消部位を中心とする座標系 (e.g., visual stimuli in retinotopic coordinates; auditory stim- uli in head coordinates; somatosensory stimuli in somatotopic coordinates) を符号化し、その後、共通的な身体中心のreference frameへと組み直していく。VIPにおけるほとんどのニューロンは、動物の身体の近くで提示された視覚刺激に対して選択的に応答する。実際、VIPニューロンの半分ほどは、身体から30cm以内の視覚刺激に対してもっとも強く反応し、多くのニューロンは、それぞれ数センチ程度の応答レンジしかもたない。
一方で、また別のVIPのニューロンは、奥行きによって制限されない視覚受容野を持ち、したがって、より遠方の空間を表象する。VIPのほとんどのニューロンにおいて、視覚刺激は(多くの場合頭部中心の)身体中心reference frameで符号化される。その他のニューロンのうちいくつかは、網膜reference frameで、また別のニューロンは、それらのreference frameが混合している (Avillac et al., 2005)。それゆえ、ほとんどのVIPのニューロンは、身体中心reference frameのなかで、身体の近傍の空間を優先的に表象する (Colby et al., 1993; Bremmer et al., 2002; Schlack et al., 2005)。
VIPの別のニューロンは、身体外空間の視覚的表象を符号化するが、こうした身体外空間の表象と身体中心の空間表象は、VIPの中のかなり特異的なニューロン集団によって実装されている (Colby et al., 1993)。
こうした知見は、(神経システムが)内側の空間と外側の空間を(連続的な表象としてではなく)区別するかたちで表彰しているという考え方を支持している。
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興味深いことに、VIPは前庭系の入力を受け取っている。例えば、耳石で信号化される身体の並進運動は、VIPにおいてworld-centered reference frameで符号化される (Chen et al., 2013a)。
このように、VIPは前庭系の信号を複数感覚の信号と統合し、自己位置 (Blanke and Metzinger, 2009; Blanke, 2012; Metzinger, 2013). の重要な側面である身体全体の空間的表象を計算しているものと考えられる。こうした理由から、VIPが座標系の変換に重要な役割を果たす計算モデルが提案されており (Pouget et al., 2002; Avillac et al., 2005)、このモデルでは、VIPが、後頭頂葉皮質の他の領域とともに、複数感覚から得られた身体に関わる信号を、共通のwhole-body centeredのreference frameへとリマップするうえで重要な役割を果たしていることを示唆している。こうした計算過程は、空間における身体の複数感覚に基づく表象を構築する上で必要であり、BSCの空間的側面にとっても重要である。
● TPJ
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TPJは、pSTG、角回(angular gyrus)、縁上回(supramarginal gyrus)、頭頂弁蓋(parietal operculum)を含む広い領域として定義することができる。TPJは、体性感覚、視覚、前庭系の入力を受け取る (zu Eulenburg et al., 2012; Bzdok et al., 2013)。PIVCがTPJのサブ領域であることは重要である (Lopez and Blanke, 2011; Lopez et al., 2012b)。TPJは複数感覚のコーディング (Downar et al., 2000)、心の理論 (Saxe and Kanwisher, 2003)、そしてBSC (Blanke, 2012) にとって重要である。本レビューの前二部で見てきたように、TPJの損傷あるいはTPJへの刺激は、自己位置や一人称視点の変化を誘発する (Blanke et al., 2002, 2004; Ionta et al., 2011)。
同じように、健常者にfull body illusionを誘発する際に生じる自己位置と一人称視点の変化は、TPJ、とりわけpSTGの領域で符号化される。
このように、TPJはBSCの空間的側面を符号化する上で重要であるように思われる。
我々は、PIVC、MST、VIPからTPJへの前庭系の入力が、こうした機能の発現において重要であると考えている。とりわけ、TPJは、グローバルな身体の表象の構築に寄与するVIP、移動中の身体の向きと方向を更新するMST、そして重力場における身体の方向のためのPIVCからの入力を統合する可能性がある。これらの前提系の入力が不在の時、あるいは他の感覚信号(視覚、体性感覚)と齟齬があるとき、脳は、身体そのものに関する不正確な空間表象(健常者にとっての錯覚や、患者におけるBSCの失調)を立ち上げるかもしれない。
CONCLUSION
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前庭系のシステムは、一定の重力加速度に対して相対的な頭部の姿勢を、そして三次元空間における頭部の動きを処理し、外部世界において身体の空間的な方向を符号化するにあたって本質的な役割を果たす、重力場を考慮した身体に関する重要な情報を提供する。身体の錯覚、mentalな空間表象、自己位置知覚、そして身体の表象に関する近年のデータをレビューすることで、我々は、前庭系信号が、他の感覚もダリティーと統合されることで、BSC(bodily self-consciousness)の基礎となることを主張してきた。視覚ー前庭系の相互作用と重量の内部モデルは、TPJにおいて処理され、自己位置と一人称視点の形成に寄与する。我々は、この情報が、後部大脳皮質(posterior cortical)における神経処理に依存するものであるという考え方を提案する。この部位において、whole-body centered reference frameにおける身体の表象を構築するために複数感覚の信号が統合、計算され、身体の安定的な表象に寄与する。PIVC、MST、VIP、さらにはTPJでの処理における前庭系信号の統合は、身体の中に位置する「自己」の経験、すなわち、一人称視点で世界に対し、特定の空間を物理的に占める主観を立ち上げるうえでcriticalなものと考えられる。前庭系の処理は、このように、身体的自己意識を空間的に定位させるうえでの空間的な参照項としての役割を果たすと思われる。