小鷹研究室の仕事

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動くラマチャンドランミラーボックス (2016-19)

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◯ 不全となった手足の運動機能を回復するための方法として、MVF(ミラー・ビジュアル・フィードバック)を基本原理とする、 鏡を使ったリハビリテーションの方法(ミラー・セラピー)が広く知られています。 MVFは、鏡の手前の手の鏡像が、鏡の裏側の手の位置とちょうど重なるように鏡を配置したうえで、 鏡に映る手の像を覗き込むと、「鏡面手前の手」の鏡像が「鏡面背後の手」そのものであるように感じられてしまう錯覚作用を指しています。 この状態で、「鏡面手前の手」を動かすと、当事者からは見えていない「鏡面背後の手」が動いているような感覚(運動錯覚)が得られます。 この運動錯覚を、運動機能の損傷した一方の手に対して適用することによって回復を図ることが、ミラー・セラピーの中心的な考え方となります。
◯ この運動錯覚がどのような感覚の協働作用で生み出されるかを解明することは、 ミラー・セラピーを効率的にすすめるための重要な課題となります。 しかしながら、長いMVF研究の歴史にも関わらず、運動錯覚において視覚情報(鏡像)が単独で果たす役割については、十分に解明されてきませんでした。 というのも、従来のMVFの実験装置では、「鏡面手前の手」の動き(1:運動感覚)と、 鏡像の動き(2:視覚)が常に連動してしまうという事情があり、 鏡像の動き(2:視覚)が単独で「鏡面背後の手」の運動錯覚を誘発できるかどうかについて検証することができなかったのです。
◯ 本研究では、MVFの状況下で鏡のみが左右に移動できる特殊な機構を与えることで、両手の動きを一切伴わない状態で、手の鏡像を動かすことが可能なMVFの装置を制作しました(右図)。右図を例にすると、左右の手に挟まれた鏡が左手の方向に移動していく過程で、鏡面から左手までの距離が徐々に変化し、これに伴い「左手の鏡像」も徐々に左手に近づいていきます。MVFの作用によって、体験者の視点からは、「左手の鏡像」が自分の右手そのものであるように感じられるため、結果的に、右手が左手に近づいているように錯覚しやすい状態となります。この過程で、(従来のMVFと異なり)左手が一切動いていないことが決定的に重要です。
◯ 16人が参加した被験者実験において、「鏡面手前の手」を一切動かすことなく、鏡と「鏡面背後の手」のそれぞれを様々な速度で同時に動かしたところ、「鏡面背後の手」の運動感覚が、鏡像の移動方向へと強く引きずられることがわかりました。例えば、左右の手を静止したまま、鏡面のみを左右に動かした場合、平均的に80%以上の試行で、鏡面の移動方向と一致した「鏡面背後の手」の運動感覚が誘発されます(下図・右上)。つまり、鏡の動きは、鏡に隠れた手の動きを、ゼロからつくりだすことができるのです。さらに興味深いことには、右手が鏡像の動きと反対の方向へと動いている時も(下図・右下)、その速さが十分でない場合には、50%以上の確率で、実際とは反対の方向への運動感覚が誘発されることもわかりました。つまり、鏡の動きは、手の運動方向の感覚を反転させることもできるのです。
◯ 以上の結果は、MVFの運動錯覚において、視覚情報が単独で果たす強力な作用を世界で初めて明らかにしたという点で、学術的に強い価値を持ちます。さらに本結果は、両手を一切動かすことなく、鏡像の変化のみで、一方の手の運動感覚を誘発できることを示すものであり、左右のいずれかの手の運動能力が正常に働いていることを前提としていた従来のミラー・セラピーに対して、新しい道を開く可能性を秘めています。例えば、両手の運動機能が損傷している場合でも、適切に鏡像を変化させることで、一方の手の運動機能の回復効果が得られるかもしれません。

CATEGORIES

MIRROR, RESEARCH

PROJECT MEMBER

石原由貴 水野由貴 小鷹研理

ACTIVE YEAR

2016-19

発表文献

  1. 小鷹研理:「主観世界を再デザインする「からだの錯覚」」、芸術工学への挑戦・人の心と体に挑む環境デザイン, pp.106-107, 岐阜新聞社, 2019.10
  2. Yuki Ishihara, Kenri Kodaka: “Vision-driven kinesthetic illusion in mirror visual feedback” i-Perception, 9(3), 2018.6, [OPEN-ACCESS]
  3. 石原由貴・小鷹研理:「Mirror Visual Feedbackを活用した鏡の移動による上肢の移動感覚の変調」, 第21回情報処理学会シンポジウム・インタラクション2017, 明治大学, 2017.3.4 (採択率43%) [PDF]
  4. Yuki Ishihara, Kenri Kodaka: “Mirror visual feedback with movable mirror makes an illusory feeling of the hand movement“, the 31st International Congress of Psychology 2016 (ICP2016) , Poster (Rapid Communication), Yokohama, 2016.7

展示

  1. 研究室展示『からだは戦場だよ2016 バードウォッチャー・ウォッチング』, やながせ倉庫・ビッカフェ, 2016.1.29-30 [EXHIBITION]
  2. 研究室展示『からだは戦場だよ2017 とりかえしのつかないあそび』, やながせ倉庫・ビッカフェ, 2017.1.29-30 [EXHIBITION]

関連リンク

  1. 2020.03 「石原由貴の博士研究:可動式ミラーボックスを用いた運動錯覚に関する研究」[imd.nagoya]
  2. 2018.06 「鏡が動けば手も動く?鏡の動きによって生み出される手の運動錯覚を発見」[プレスリリース]
  3. 2018.06 「鏡の左手、脳では右手?動かさなくても「動いた」錯覚 名市大が実験」[中日新聞ニュース]
  4. 2018.06 「固定された手、動かしたように錯覚 名市大大学院が鏡を使った研究結果を発表」[名古屋テレビ]
  5. 2018.06 「鏡の動きによって生み出される手の運動錯覚を発見」[POST]